台本概要

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タイトル [1:1:0]覇王別姫~項虞伝~
作者名 夜霧ミスト@夜霧姫  (@Yogirimist)
ジャンル ラブストーリー
演者人数 2人用台本(男1、女1) ※兼役あり
時間 40 分
台本使用規定 商用、非商用問わず作者へ連絡要
説明 時は紀元前、中華は「秦」の始皇帝によって統一された
しかし、彼の者の治世は苛烈を極め、世は乱れた
その中で名を上げた後の「西楚の覇王」項羽
その傍らには美しい姫がいたという・・・

とりあえず使う場合は連絡だけください
なかったら寂しいです

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キャラ説明  

名前 性別 台詞数 説明
項籍 176 「西楚の覇王」項羽
170 虞姫(ぐき) 項羽の正室 しかしあまりにも資料がなく、史記に数行書いてある程度 結構この手(史書に数行しか書いてない)の人、古代中国には多いです 三國志とかそんな人ばっかり
青年 77 青年 項籍の人にやって欲しい 無理なら人連れてきてもいいと思います
少女 76 虞姫の人がやってください 正直これは兼役推奨しません 無理なら仕方ないですが
※役をクリックするとセリフに色が付きます。

台本本編

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0:少女は座り花を眺めている 0:すると後方より鎧を着た若い青年が歩いてきた 青年:・・・なんじゃ、ここは 少女:ふふ・・・ 青年:・・・花畑? 少女:ふふふ・・・ 青年:・・・む・・・? 少女:・・・お客さん・・・? 青年:・・・なんと・・・すまぬ、先客がおったようだな・・・気づかなんだ 少女:いいえ・・・お気になさらないでください・・・ 少女:そのいでたちは・・・武人さん? 青年:いかにも・・・して、そなた、このような場所で何をしておったのだ? 青年:人気(ひとけ)もなく・・・花しかないような、このような場所にて、そなた一人で・・・ 少女:花を・・・花を、愛(め)でていました 青年:花・・・?愛でる・・・? 少女:はい 青年:・・・それは楽しいのか? 少女:はい 青年:そうか・・・しかし、我にはわからぬな・・・ 青年:このような場所で、花を見続ける、なぞ・・・ 少女:ふふふ、武人さんには難しいですか? 青年:むぅ・・・ 青年:しかし・・・花なぞ、どれも同じであろう? 青年:ずっと見ていれば、飽きも来よう 少女:・・・確かに、花はすべて同じように見えます 少女:しかし、その一つ一つを見てみると全く違うのです 青年:・・・ 少女:ほんの些細な違いを楽しむ・・・それが楽しいのです 青年:・・・やっぱりさっぱりわからぬ 少女:ふふふ・・・人も同じことですよ 少女:同じ「人間」といえど、それぞれに違いがあって・・・得手不得手があって・・・ 少女:そう思えば、武人さんでも理解できませんか? 青年:・・・わからん 少女:ふふ、少し意地悪でしたね 少女:「愛でる」ということは、「頭で考える」ものではないのです 少女:なんというのでしょうか・・・ 少女:「心」・・・?そう、「心で感じる」のです 青年:「心」・・・か、うむぅ・・・ 青年:・・・我は「武」をふるうことのみを信じ、生きてきた者・・・ 青年:「武」こそがすべて・・・「強き」こそが・・・すべてなのだ 青年:それ故、「心」で物事を見る・・・と言うのは我には理解が及ばぬ 少女:ふふふ・・・ 少女:しかし、わたくしには・・・分かります 少女:あなたには、慈愛に満ちた感情があると・・・ 青年:・・・慈愛 少女:・・・いずれ、あなたにもわかる日が来ると、わたくしは思います 青年:・・・皆目検討もつかぬが・・・ 0:青年、少女の後ろ姿を見、何かを察する 青年:・・・そなた、もしや楚人(そびと)か 少女:はい、そうでございます 青年:そうか・・・我も楚人でな 青年:今は憎き秦に滅ぼされたが・・・ 少女:そうでございますね・・・ 青年:しかし、我ら楚人は強き民なのだ! 青年:土地は侵されたが・・・心まで秦には屈さぬ! 少女:・・・ 青年:我がいずれ・・・楚を再興し、咸陽(かんよう)を落として見せよう 少女:・・・ 青年:・・・楚はもともと緑豊かな土地なのだ・・・ 青年:秦の侵略で荒廃した土地になってしまったが・・・ 少女:・・・ 青年:楚人のため、そして何より・・・そなたのため、楚を取り戻すことを誓おう 少女:・・・それは・・・とても、良きことですね 少女:しかし・・・その道は険しいと・・・ 青年:・・・そのためには、今よりもっと強くあらねば 少女:・・・ふふふ、では、私はその日を待っています 少女:・・・そういえば、まだ名乗っていませんでしたね 0:今まで青年に背を向けて話していた少女、おもむろに立ち上がって青年に向く 0:少女が名前を告げるが風の音にかき乱される 少女:わたくしは―――というもの 青年:・・・ 少女:・・・?いかがなされました? 青年:・・・いや、美しいと思うてな 少女:美しい・・・ですか 少女:そのように申されると、少し気恥しくなってしまいます 青年:ふふ、やはり美しき娘であるな 青年:そのような姿も、またよい 少女:・・・ 青年:・・・ 0:ぼーっと立っていた青年はいきなり決意をあらわにしたように発言する 青年:・・・決めた!我は決めたぞ! 少女:・・・? 青年:我が楚を再興した暁には、そなたを正室として迎えたい! 少女:正室・・・ですか 青年:そうだ 少女:先ほども申しまたが、それは険しき道にございます・・・ 少女:いくらあなたさまと言えども・・・ 青年:はっはっは!何をいうか!険しき道ほど我が魂も震えるというもの! 青年:これは決定事項じゃ! 少女:・・・ 青年:・・・嫌であるか? 少女:いえ・・・ではわたくしも、その日を期待を込めて待ちましょう・・・ 少女:・・・楚の再興・・・なんと素晴らしき・・・夢なのでしょう・・・ 青年:夢にあらず!なぜならこの我が必ず成し遂げなければならぬ事ゆえ、だ! 少女:・・・ふふふ・・・ 青年:はっはっは! 少女:ふふふ・・・ 青年:・・・そういえば、我の名乗りがまだであったな 少女:では、わたくしも改めて名を名乗りましょう 0:二人で同時に名乗る・・・しかし名前は風にかき消され聞こえない 青年:我が名は――― 少女:わたくしの名は――― 虞:(N)時は今より約2200年も前、いわゆる「紀元前」と呼ばれた時代・・・ 虞:(N)中華は「春秋戦国時代(しゅんじゅう・せんごく・じだい)」 虞:(N)あまたの国が覇を競っておりました 虞:(N)国が興っては滅ぼされ、7つの国・・・ 虞:(N)「秦(しん)」・「燕(えん)」・「趙(ちょう)」・「魏(ぎ)」・「斉(せい)」・「韓(かん)」・・・そして「楚」 虞:(N)「戦国七雄(せんごくしちゆう)」と呼ばれる彼らも東の超大国、「秦」のエイ政・・・のちの「始皇帝(しこうてい)」によって悉く(ことごとく)滅ぼされてしまいました 虞:(N)「秦」の統治は苛烈(かれつ)を極め、国は荒れ、民は疲弊し、怨嗟の声が中華を覆いました 虞:(N)そんな中、「始皇帝」が没し、二世皇帝「胡亥(こがい)」の治世になると、更に苛烈を極める政治に農民たちが立ち上がります 虞:(N)「陳勝(ちんしょう)・呉広(ごこう)の乱」・・・この乱をきっかけに、秦を打ち倒そうという機運が高まって行きました 項籍:聞け!「楚」の民よ!我が愛する祖国の民よ! 項籍:今や、秦の権威は地に落ち!各地で農民が立ち上がる事態となった! 項籍:今こそ、祖国を再興(さいこう)し、秦を打倒する時! 項籍:我らの怒りを!憎き秦王に知らしめよ! 項籍:いざ征かん!祖国がために! 虞:(N)・・・秦より東、「楚」 虞:(N)祖国がため、駆け抜けた「漢(おとこ)」がおりました 虞:(N)その漢、武を降るいては敵をなぎ倒し、地を駆けては平らげる・・・ 虞:(N)その姿に敵味方から畏敬され「覇王」と呼ばれた漢の名は 虞:(N)「項籍(こう・せき)」 虞:(N)・・・こう言ったほうが馴染みが深いかもしれません 虞:(N)「項羽(こう・う)」 虞:(N)そんな彼の傍ら(かたわら)には、一人の美しき姫がいました 虞:(N)このお話は、そんな二人の悲恋の物語・・・ 0:タイトルコール 0:項籍「覇王別姫(はおうべっき)」 0:虞「~項虞伝(こうぐでん)~」 虞:(N)陳勝・呉広の乱に乗じて東の地にて起った「項羽」 虞:(N)彼は、叔父・項梁(こうりょう)の命で会稽郡(かいけいぐん)を奪取 項籍:会稽郡守(かいけいぐんしゅ)・殷通(いん・つう)!討ち取ったり! 項籍:これより会稽郡は我らが統治とする! 虞:(N)会稽郡を足がかりに「造反軍(ぞうはんぐん)」として秦の各地で戦闘、勝利を収めていた 虞:(N)そんな折り、項籍に縁談の話が持ち上がる 項籍:亜父(あふ)め・・・ 0:亜父(あふ、あほ)・・・項羽軍参謀、范増(はんぞう)のこと。項羽は范増を父のように慕い、亜父と呼んでいた 項籍:縁談だと?ワシにはそのような暇はないというに・・・ 0:虞一公(ぐ・いちこう)というものからの請われての縁談だったという 項籍:・・・虞一公?どこの誰だか知らぬが、この遅れ・・・ことと次第によっては万死に値するぞ・・・ 0:間 項籍:・・・ 0:間 項籍:・・・(イライラ) 0:間 項籍:・・・ええい!嫁とやらはまだ来ぬのか!?ワシを待たせるとはいい度胸じゃ!たたっ斬ってくれるわ! 0:間 項籍:もう我慢ならぬ!ワシはもう行くぞ! 0:項羽、ついにとうとう怒りが頂点に達し宴席の場から離れ、外に出ていく 0:そこには花畑が広がっていた 項籍:ふん、ワシは武に生きるもの!嫁など、この道を行くに障害にしかならぬ!亜父はわかっておらぬのじゃ!そうこうしている間に、劉邦が咸陽を落としでもしたら・・・ 虞:・・・ 項籍:・・・む、そこに誰ぞおるのか 虞:・・・? 項籍:・・・ 虞:・・・武人さん? 項籍:いかにも・・・そなた、ここで何をしておる 虞:わたくし、花を愛でておりました 項籍:花・・・とな 虞:はい・・・花は良きものです・・・乾いた心を潤してくれる・・・ 項籍:・・・ 虞:・・・そういう武人さんは、なぜここに? 項籍:・・・縁談を持ちかけられてな、嫁を待っておったがいつまで経っても現れぬ・・・ 虞:そうだったのでございますか・・・ 項籍:ワシは、姓は「項」、名は「籍」、字(あざな)を「羽」と申すもの 0:虞姫は何かを感じ、ハッとつぶやく 虞:項・・・籍・・・項将軍・・・ 項籍:そなた、楚人(そびと)のようだな 虞:・・・わたしの名は虞(ぐ)・・・虞一公の孫娘でございます 項籍:虞・・・一公・・・なに!?虞一公の!?貴様、良くもぬけぬけと!そこに直れ!その首、直々に叩き・・・落として・・・くれる・・・わ 0:虞と名乗る女性は立ち上がり項籍の方を向く 0:項籍も虞一公の名を聞き剣を構えるが、振り返った女性の顔を見、息を呑んだ 項籍:・・・美しい 虞:・・・申し訳ございません、わたくしは・・・ずっとここで待っておりました・・・あなた様が来るのを・・・ 項籍:・・・美しい 虞:そのように言われたのは・・・二度目でございます 項籍:いやしかし、本当に美しい・・・その美貌、天女(てんにょ)が如し 虞:それは・・・天女様に失礼というもの 項籍:・・・ 虞:・・・ 0:二人の間に沈黙が流れる 項籍:・・・そなた、花を愛でると言ったな 虞:はい 項籍:なにゆえ、花を愛でる 虞:花は色々なことを教えてくれます 虞:喜びも悲しみも・・・ 項籍:ワシにはさっぱり分からぬな 虞:以前、同じことを申された方がいらっしゃいました 項籍:・・・ 虞:花は「目」だけでなく「心」で見るのです 虞:そうすれば、きっと、花から語りかけてくれるでしょう 項籍:・・・ワシには「花」の良さは分からぬ・・・分からぬ、が 虞:・・・ 項籍:「花を愛でるそなた」はとても良いと思う 虞:ふふふ・・・それでいいのです 虞:その心こそが「愛でる」というもの 虞:なにも難しく考えず・・・単純に 項籍:・・・ 虞:わたくしからも一つ、良いですか? 項籍:なんだ 虞:武略が天下に轟く、音に聞こえし項将軍、あなたはその武を以って(もって)何を望みますか? 項籍:・・・? 虞:あなたが目指す「志」・・・お聞かせ願いますか 項籍:・・・打倒「秦」・・・そして「楚」の再興 虞:それは・・・成し得る事ができますか? 項籍:できるできぬではない、やらねばならぬ!それがワシに託されし「希望」なのだ! 虞:「希望」・・・ 項籍:「楚人」の怒り、憎しみ・・・それらを背負い、ワシは秦を倒す!「楚」を再び楚人の手に戻すのだ! 虞:とても、素晴らしい「志」で、ございますね 項籍:そのために、ワシは武を磨いてきた!一人でも秦を倒せるようにな! 虞:・・・ 項籍:・・・ 0:再び二人の間に沈黙が流れる 項籍:・・・いや、すまなんだ・・・もう一度出直すとしよう 虞:はい 項籍:・・・そうだ、この宝剣を預かっていてはくれぬか? 虞:・・・これは? 項籍:ワシの大切なものじゃ 虞:そのようなもの・・・私に預けてよろしいのでしょうか? 項籍:そなただからこそ、預けるのじゃ 虞:・・・承知いたしました、お待ちしております 虞:(N)項羽と虞姫は花畑にて約束を交わした 虞:(N)「もう一度、ここで会おう」と 虞:(N)そして項羽は約束通り、数日後に虞一公(ぐ・いちこう)を訪ねた 0:花畑にて 項籍:・・・やはり、ここにいたのだな 虞:お待ちして、おりました 項籍:・・・ 虞:・・・ 項籍:・・・ 虞:お預かりしていた、宝剣でございます 項籍:・・・ 虞:・・・ 0:虞、項羽に預かっていた宝剣を渡す 項籍:・・・約束を果たしに来たぞ・・・数日前のな 虞:・・・はい 項籍:・・・改めて聞く 虞:はい 項籍:我が妻と・・・なってはくれぬか? 虞:・・・なにを迷うことがありましょう 虞:わたくしは、あなたさまがくるのをずっとお待ちしていたのです・・・ 虞:もちろん、喜んでお受けいたしましょう 項籍:それは誠か!? 虞:はい 項籍:はっは!こうしてはおれぬ!宴じゃ! 虞:(N)虞姫の返答を聞いた項将軍は大いに喜び、縁者を集めて宴を開きました 虞:(N)その喜びようは・・・まるでこの世のすべてを手に入れたかのような・・・ 虞:(N)しかし、項将軍には一つだけ懸念があったのです 虞:「劉邦(りゅうほう)」という方・・・でございますか? 項籍:うむ・・・ 虞:(N)劉邦・・・項将軍と同じく関中(かんちゅう)を落とさんと進軍するもの 虞:(N)出自ははっきりとはしないが、むしろ売りだという・・・ 虞:(N)劉邦そのものに力はないが、何故か自然と彼の者の周りには色々な人が集まると聞きます 項籍:ワシは、こんなところでのんびりしている暇なぞないのだ・・・! 虞:(N)どうやら、将軍は楚王よりこの地に留まるよう、命令されていたのでした 項籍:・・・劉邦・・・どこぞの馬の骨ともわからん男よ・・・そやつに、咸陽(かんよう)・・・いや、関中を先に落とされでもしたら・・・! 虞:(N)その表情には、「焦り」・・・「怒り」・・・様々な感情が入り混じっておりました 項籍:・・・ 虞:将軍 項籍:・・・ 虞:将軍はお強い方にございます 虞:きっと、きっと関中入りを果たすのは将軍のみと、信じております 項籍:・・・虞姫・・・ 項籍:・・・そうだな、いや、そのとおりよ! 項籍:楚が名門たる我が一族こそ、関中の王にふさわしい! 項籍:礼を言う、虞姫よ・・・そなたのお陰でワシも気が楽になったわ 虞:・・・いいえ、礼には及びませぬ 虞:夫を支えるのが、妻の役目なれば 項籍:・・・すまない 虞:(N)しかし、現実はそう簡単には事が運びませんでした 項籍:・・・あの旗は・・・あの旗は!いずれのものぞ!? 虞:(N)函谷関(かんこくかん)・・・関中を守る関(せき)に翻る(ひるがえる)旗は秦のものではなく・・・ 0:項羽、悔しさをにじませながら 項籍:劉邦・・・! 虞:(N)劉邦軍・・・「劉」の旗が翻って(ひるがえって)いたのです 項籍:おのれ・・・おのれ!おのれぇぇぇぇ! 虞:(N)あろうことか劉邦軍は楚軍に対して攻撃を仕掛けてきます 項籍:劉邦・・・!!!!!!! 虞:将軍・・・!劉邦どのは項将軍と秦打倒の志を同じくする・・・いわば「同志」ではなかったのですか・・・!? 項籍:くっ・・・ワシにも分からぬ・・・が、現にこうして攻撃を受けておる! 虞:・・・ 項籍:ワシに刃を向けるか、劉邦!ならば覚悟せよ!この項籍を敵に回すことの恐ろしさをな! 項籍:全軍、掛かれぇーッ!劉邦が率いし弱兵なぞ皆殺しよ!かような関など一思いに踏み潰してしまえ! 虞:(N)「難攻不落(なんこうふらく)」とまで言わしめた函谷関も、項将軍の前では物ともしない関でした 虞:(N)函谷関を落とした項将軍は勢いに乗り咸陽へと乗り込もうとします 虞:(N)その際、劉邦の配下であった曹無傷(そう・むしょう)から、劉邦の咸陽での立ち振舞を聞き、激怒します 項籍:劉邦め・・・どこまでワシを小馬鹿にすればよいのだ!自らこの手でヤツの首を叩き落としてくれる! 虞:お待ち下さい将軍! 項籍:どけぃ、虞姫よ!いくらそなたの言とて容赦はできぬ! 虞:・・・お待ち下さい、将軍 項籍:・・・ 虞:将軍、落ち着いてくださいませ 項籍:・・・ 虞:こたびの劉邦の立ち振舞、たしかに到底許されるものではありませぬ・・・しかし!これは、「懐王(かいおう)」が定めた決まり!・・・すなわち楚の王が下した命にございます 0:「懐王」・・・楚の国の王族の末裔で項羽が「楚」再興として「楚王」に祭り上げた 項籍:・・・! 虞:この命に背くは楚に背くも同じ!・・・楚を愛した将軍が、楚を裏切るのでございますか!? 項籍:しかし・・・こやつらはワシらに刃を向けおったのだ 虞:確かに、そうかも知れません・・・しかし、今ここで味方同士で争ってどのような利があるというのですか!? 項籍:・・・ぐ 虞:将軍の志を、今一度思い出してくださいませ 項籍:・・・そう、だな・・・そうであった 項籍:・・・のう、虞姫よ・・・ワシはどうしたら良いのじゃ・・・ 虞:・・・どうやら、項伯(こうはく)どのが劉邦と和睦を勧めているとのこと 項籍:叔父どのが・・・?ふむ・・・ 虞:ここは一度劉邦と和睦して、わだかまりをなくしたほうが良いと存じます 項籍:・・・虞姫と、叔父どのがそう申すのならば・・・ 虞:・・・ 項籍:あいわかった、劉邦と和睦するといたそう・・・場所は聞いているか? 虞:咸陽の外・・・と 項籍:・・・では早速、出立(しゅったつ)いたそう 虞:(N)翌日、項将軍と劉邦は咸陽の外で相まみえることとなりました 虞:(N)これが世にいう「鴻門之会(こうもんのかい)」でございます 項籍:・・・何?劉邦を・・・討つ、とな・・・?ふむ・・・ 虞:(N)この時、亜父こと范増どのは会の混乱に乗じて劉邦を討つ謀略を張り巡らしていたと聞き及んでいます 項籍:しかし、ここで劉邦を討たば我等の立場が危うくなるのではないか? 項籍:・・・確かに評判などを気にしている場合ではない、が・・・ 項籍:劉邦は詫びを入れてきたのだ・・・それを討つ・・・となれば我等が不義となじられよう 項籍:・・・ああ、分かった分かった、劉邦の処遇はこちらで決める、だからなにもするでないぞ 虞:(N)項将軍の煮えきらない態度に范増殿は実力行使に出ます 項籍:剣舞とは、良き余興じゃ 虞:(N)しかしながら、劉邦の配下、樊會(はんかい)の機転もあって、劉邦は虎口(こぐち)を脱してしまいます 項籍:とりあえず、劉邦は巴蜀の地に左遷する、これでよいだろう 項籍:全く、亜父は小心者よのう!劉邦が如き小物、深き山中にでも押し込めておけば全くもって怖いもの無しよ 虞:(N)これで、項将軍の天下を阻む驚異がなくなったように思えました・・・しかし・・・ 虞:(N)「鴻門之会(こうもんのかい)」による項将軍と劉邦の対面は、一悶着ありながらも、無事滞りなく済みました・・・ 虞:(N)劉邦を巴蜀(はしょく)の地に左遷し、驚異を遠ざけることに成功した将軍は、残りの土地を配下に分け与え「王」を名乗らせることで政権の地盤をつくっていきます 項籍:我こそは「西楚の覇王」よ! 虞:(N)そして自らは「西楚の覇王」を名乗り、劉邦を「漢王(かんおう)」に封じました 虞:(N)・・・「鴻門之会」で劉邦を逃し、「漢王」に封じたことが項将軍の不幸の始まり・・・だったのかもしれません 項籍:なに?田栄(でん・えい)が反乱だと? 虞:(N)項将軍の国割りは公平なものではなく、自分と親密な人物を王にするというもので、やはりこれを不服とするものが出てきました 虞:(N)田栄の反乱を皮切りに、不満を募らせていた諸侯は次々と項将軍から離反していきました 項籍:劉邦めがワシに歯向かう、だと!?小癪なり、劉邦!ワシがあの時見逃してやった恩を忘れたというか! 虞:(N)劉邦は、自ら盟主となり各地に檄文(げきぶん)を飛ばし、「漢王」として諸侯を束ね、反楚軍を興しました・・・その数、56万 項籍:恩知らずの劉邦め!このワシ自ら、あの馬の骨の首を叩き落としてくれる! 虞:(N)項将軍による田栄軍鎮圧のスキを突いて、漢軍は我らが本拠、彭城(ほうじょう)を圧倒的兵力で落としてしまったのです 項籍:こうしてはおれぬ!田栄とは停戦せよ!停戦後、精鋭3万で討伐軍を編成!編成後、直ちに彭城に陣取る劉邦の討伐に向かわん! 虞:・・・ 項籍:虞姫よ、案ずるなかれ 項籍:ワシは強い、そうだろう? 虞:・・・はい 項籍:ワシがあの劉邦に後れを取ると思うか? 虞:・・・そうではありませぬ・・・ありませぬが・・・ 項籍:・・・何か、あるのか?申してみよ 虞:・・・わたくしの中で、何かがざわついております・・・何か、項将軍に悪いことが起きると 項籍:ははは、先程も申したであろう?案ずるな、なにが起きても、我が武を以て(もって)すべてを斬り伏せん! 虞:・・・ 項籍:・・・彭城へ向かうぞ 虞:・・・はい 項籍:・・・ 虞:・・・彭城の内情を見るに、劉邦軍は厭戦(えんせん)気分となっているようですね・・・ 項籍:劉邦・・・あの痴れ者(しれもの)めがッ!咸陽での仕置が足らなかったと見える! 虞:(N)彭城を落とした漢軍は、軍を統率するものがおらず、略奪や凌辱(りょうじょく)が横行し、毎夜のように酒宴を開いている、と言う有様でした 項籍:・・・しかし、これは好機よ!奴らは酒に酔っている上に士気がない!この機に乗じ、彭城を・・・我らが家を奪還せよ! 項籍:全軍、突撃! 虞:・・・ 項籍:・・・やはり、まだなにか引っかかるか 虞:・・・はい 項籍:・・・なにも、なにも案ずるなかれ 項籍:奴らは弱兵、烏合の衆(うごうのしゅう)よ 項籍:我らが負ける道理など、有りはせぬ 虞:・・・はい、わたくしも、将軍の武を・・・信じております 項籍:それに 虞:それに? 項籍:ワシにはな虞姫、そなたがついておる故・・・負ける気がしないのだ、わっはっは! 虞:・・・ふふ 項籍:ふ・・・ようやっと、笑うてくれたな 虞:・・・笑う 項籍:やはり、そなたはそのように笑った顔のほうが似合うておる 虞:・・・ 項籍:そなたの笑顔には不思議な力があるのだ・・・その顔を見るたびに、ワシも頑張らねば、踏ん張らねば、とな 項籍:心の臓がな、ワシを奮い立たせるのだ 虞:・・・ 項籍:・・・ふふふ、なんともワシらしくないことを言うてしもうたわ 虞:いいえ・・・それが将軍なりの・・・励ましなのですね 項籍:ちと恥ずかしくなってきたわ 虞:ありがたき、幸せにございます・・・将軍 項籍:・・・ 虞:(N)彭城を奇襲した楚軍は、場内の漢軍を悉く討ち取ります・・・その数、10万 項籍:一兵たりとも逃がすな!我らに歯向かった罪を、奴らに思い知らせるのだ! 虞:(N)そして、楚軍は漢軍を執拗に追撃し・・・場外のスイ水(すいすい)に追い詰め・・・そこでも10万人余りを討ち取りました 項籍:劉邦を・・・劉邦だけは逃してはならぬ!ヤツの首級だけは、絶対にあげよ! 虞:(N)楚軍の急襲により、彭城内にいた漢軍は壊滅、劉邦も這這(ほうほう)の体(てい)で敗走、何処(いずこ)へと逃走したそうでございます 項籍:・・・劉邦は逃したか・・・まぁ良いわ、これで奴らも・・・我らが力、思い知ったろう・・ 虞:(N)「彭城の戦い」で圧倒的兵力差に惨敗した劉邦に各国は見切りをつけ、連合軍は解散となったのでした・・・ 項籍:虞姫よ、やはりなにも、案ずることはなかったろう? 虞:はい 項籍:あとは、劉邦の行方と・・・ 虞:・・・項将軍・・・わたくしは、いつ、いかなる時もあなたのそばを決して・・・決して離れはしませぬ・・・ 項籍:待っておれ、劉邦・・・必ずや「報い」を・・・! 虞:(N)「彭城(ほうじょう)の戦い」の後、劉邦が逃げた先が掴めました・・・ 虞:(N)「滎陽(けいよう)」・・・ 虞:(N)それを聞いた将軍はすぐさま軍を編成、滎陽へと向かいました 項籍:・・・劉邦よ、もはや貴様に逃げ場はないぞ 虞:・・・ 項籍:・・・虞姫 虞:・・・将軍 0:虞姫は項羽の肩にぎゅうっと抱きつくように寄り添った 項籍:・・・ 虞:少しばかり・・・このままでいさせてください 項籍:・・・虞姫 虞:・・・やはり、怖いのです 項籍:怖い・・・とな 虞:・・・はい 項籍:・・・わかった・・・聞かせてみよ、そなたの恐怖を 虞:はい・・・ 項籍:・・・ 虞:劉邦という男、確かに取るに足らぬ小物かもしれませぬ 項籍:・・・ 虞:しかし、かの者の本質は・・・力にあらず 項籍:力に・・・あらずと 虞:先日の「鴻門之会」、そして先刻の「彭城」・・・かの者、力は将軍に遠く及ばずとも、「人」・・・「人」をたらし込む、強大な「力」があるのです 項籍:・・・「人」とな 虞:はい・・・その「呪い」ともいうべき強大な力が・・・わたくしと将軍を引き離し・・・そして将軍を・・・八つ裂きにしてしまうのではないかと 項籍:・・・ 虞:わたくしよりお願いがあります 項籍:・・・何ぞ、申してみよ 虞:「人」に・・・絶望しないでください 項籍:・・・肝に銘じておこう 虞:(N)滎陽での戦は・・・楚軍の勝利に終わりました・・・しかし、失ったものもまた、大きかったのです 項籍:何ゆえ・・・何ゆえ、誰もワシの言うことを聞かぬのだ!! 虞:(N)漢軍の軍師、張良(ちょうりょう)の離間策(りかんさく)により、将軍は疑心暗鬼になってしまわれたのです 項籍:・・・亜父(あふ) 虞:(N)そして、亜父こと范増とも、また意見の対立より・・・失ってしまいました 項籍:みんな・・・みんな・・・ワシの理想を信じて・・・付いてきたはずよ・・・ならば・・・ワシの言う通りにすればよいのだ・・・なのに、なにゆえ・・・ 虞:将軍・・・ 項籍:虞姫・・・おぉ虞姫よ・・・ワシが信じるはお主ただ一人・・・お主は、ワシを、裏切ってくれるな 虞:・・・当たり前にございます・・・わたくしは、なにがあろうと、将軍のそばを離れませぬゆえ・・・ 項籍:虞姫・・・虞姫よ・・・! 虞:(N)私は、将軍の中に強き意志で咲き誇る「花」を見た 虞:(N)それは、崖で咲き誇る珍しき花 虞:(N)その力強さは人々を魅了し、そして惹きつける 虞:(N)しかしながら、それは人々の目に止まった時にのみ輝く 虞:(N)その花の良さを「真に理解できる人物」にのみ・・・ 虞:(N)いくら崖に力強く咲こうと、その真意を理解できなければただ虚しく朽ちていくのみ 虞:(N)私は「あの日」から・・・将軍と言う花が輝けるよう、そばで見守ると、誓ったのです・・・ 項籍:(N)ワシにとって「人」とは「駒」に過ぎぬ 項籍:(N)「駒」がワシに意見するなど言語道断、ありえぬのだ 項籍:(N)「駒」は駒らしくワシの言う通りに動けば良い 項籍:(N)「人を愛す」?そんな感情、戦にはいらぬ!ただ勝つことのみを考えればよいのだ! 項籍:(N)我が、理想・・・そして「約束」のために 虞:(N)滎陽での戦に勝った楚軍は勢いこそあれど、物資難に陥り戦争継続に暗い影を落とし始めました 虞:(N)しかし、それは漢軍も同じ 虞:(N)・・・そして・・・ 項籍:なぜ・・・みな、ワシのために動かぬ・・・ 虞:(N)「背水の陣」で有名な「斉」での敗戦を皮切りに、次第に楚軍は劣勢になっていきます 項籍:劉邦め・・・劉邦めぇぇぇぇ・・・! 虞:(N)将軍は垓下(がいか)に追い詰められてしまいます 項籍:もはや、我が命運付きたり・・・か 虞:将軍・・・ 項籍:漢軍め・・・ 虞:・・・ 項籍:・・・ん、ここは 虞:花畑・・・ですね 項籍:・・・なんぞ、ここに見覚えが・・・ 虞:・・・ 項籍:・・・ 0:回想 青年:しかし、我ら楚人は強き民なのだ! 青年:土地は侵されたが・・・心まで秦には屈さぬ! 青年:我がいずれ・・・楚を再興し、咸陽を落として見せよう 青年:楚人のため、そして何より・・・そなたのため、楚を取り戻すことを誓おう 少女:・・・それは・・・とても、良きことですね 少女:しかし・・・その道は険しいと・・・ 青年:・・・そのためには、今よりもっと強くあらねば 少女:・・・ふふふ、では、私はその日を待っています 項籍:・・・確か、ここで少女と出会い、誓いを立てたのだ 項籍:「楚国を再興する」・・・と 虞:・・・ 項籍:その少女の名は・・・ 0:風が強い・・・しかし今度ははっきりと聞こえる・・・そう、二人の声が、力強く! 青年:我が名は項籍、字は「羽」じゃ 少女:わたくしの名は虞、でございます 項籍:そう、確か「虞」と・・・ 項籍:そうか、我らは・・・あの時、既に出会っておったのか 虞:やっと・・・やっと、思い出してくださいましたね・・・ 項籍:・・・ 虞:わたくしは、ずっと待ちわびておりました・・・ 虞:やっと、迎えに来てくださったのですね 項籍:・・・すまぬ 虞:・・・ 項籍:・・・いつから 虞:・・・ 項籍:いつから気付いておった 虞:・・・将軍が嫁取りに来たあの日から・・・ 項籍:なにゆえ、申さなかった 虞:わたくしは、ずっと申していました・・・ 虞:「ずっとお待ちしていました」・・・と 項籍:・・・そうか 虞:・・・ 項籍:お主のことすら気が付かぬワシを愚かと笑うか? 虞:そのようなことはございませぬ 虞:こうやって思い出してくれた、それだけで私は幸せにございます 項籍:・・・ずっと、疑問に思うておった 虞:・・・はい 項籍:そなたは、なにゆえ、この項籍に惚れたのじゃ・・・ 項籍:この、「武」一辺倒の愚かなワシに・・・ 虞:・・・花 項籍:花? 虞:はい、わたくしは将軍の中に花を見つけました・・・過酷な環境でも力強く咲く・・・強き「花」を 項籍:・・・花、とはまたそなたらしき例えであるな 虞:将軍の心に咲く花は・・・崖に咲く珍しい花・・・薬にも毒にもなる花・・・ 項籍:・・・ 虞:それ故に誰からも気にかけられず、理解も得られずひっそりと朽ちていく花・・・ 項籍:・・・ 虞:わたくしはそんな儚さを、将軍という「花」に見ました 項籍:・・・ 虞:あなたは、一人でも強く咲き続けられるでしょう・・・それ故に、己のみを信じ、他を顧みない・・・そんな・・・悲しき花 項籍:・・・ふふ、悲しき花、か・・・今のワシそのものよの 虞:しかし、わたくしは、そんなあなたを支えたい・・・一人で力強く咲き続ける花も、光なくば朽ちていくでしょう・・・ 項籍:光・・・ 虞:わたくしは、将軍を照らす・・・「光」に、なりたかったのです 項籍:・・・なるほどのう 虞:将軍という花がいたからこそ、わたくしも光り輝き続けることができたのです 項籍:・・・そうか 虞:・・・ 項籍:・・・そなたの想い、しかと理解した 項籍:今、思えば、滎陽(けいよう)・・・あの時も・・・申しておったな、「人を愛せ」と 虞:・・・ 項籍:・・・今、後悔しても、時すでに遅し・・・か 虞:・・・わたくしは、最後まで将軍の元を離れませぬ 項籍:・・・そうか・・・そうだな・・・ 虞:・・・ 項籍:垓下に向かう 虞:(N)垓下に向かう項将軍・・・しかし・・・我らを待っていたのは・・・ 項籍:包囲・・・されただと 虞:・・・歌が・・・聞こえて・・・ 項籍:・・・この歌 虞:・・・楚歌、でございますか 項籍:・・・くくく 虞:・・・ 項籍:あっはっは! 虞:将軍・・・ 項籍:これが・・・これが笑わずにいられようか! 虞:・・・ 項籍:・・・ワシがやってきたことは、全て独りよがりだったのだ!楚のためと思うておった!しかし!楚の民ですら!ワシの真意を!理想を!汲み取らず!最後は敵となってワシに歯向かうのだ! 虞:・・・ 項籍:どうした、虞姫よ!そなたも笑うが良い!この哀れな王をな! 虞:・・・ませぬ 項籍:あっはっは! 虞:わたくしは!決して!笑いませぬ! 項籍:・・・虞姫 虞:先程も申しました・・・わたくしは、「将軍を照らす光」と 項籍:・・・ 虞:真意を理解できなくて、なにが光でありましょうか 項籍:・・・ 虞:すべてを理解した上で、支えになろうとそばにいるのです・・・だから、笑いませぬ! 項籍:・・・すまぬ・・・そうで、あったな 虞:私の愛した「花」は決して、自らを卑下(ひげ)しない・・・光に向かって真っすぐ伸び続ける力強き花です 項籍:・・・どうやら、この状況に、取り乱してしまったようじゃ・・・ 虞:・・・ 項籍:・・・これが、最期・・・やもしれぬ 虞:・・・ 項籍:虞姫よ・・・一つ、聞いてはくれぬか 虞:・・・はい 項籍:力は山を抜き 気は世を葢(おお)う 項籍:時利あらずして 騅(すい)逝かず 項籍:騅の逝かざる 如何(いかん)すべき 項籍:虞よ虞よ 汝を如何せん 虞:・・・ 項籍:・・・さらば 項籍:戦えるものは、我に続け!戦えぬものは、虞姫の供回りをせい!・・・いざ、出陣じゃぁぁ! 項籍:うおお!どけぇい!このワシを誰と心得る!「西楚の覇王」、項羽ぞ!死にたくなくば道を開けよ! 項籍:はぁはぁ・・・よいかお主ら、心得よ 項籍:今、ワシがここで死ぬのは、ワシが弱いからではなく、天がワシを滅ぼさんとしているのだ!今よりあの漢軍の中に入り打ち倒すことで、それを証明せん!うおお! 項籍:ハァ!ドリャ!ぬぅん! 項籍:見よ!ワシは未だ死なず!うおお! 項籍:(N)楚軍の勢い未だ衰えず・・・しかし、疲れは次第に勢いを弱めていく 項籍:(N)項羽についてきた将も、一人・・・また一人・・・と倒れ、漢軍の追撃を撒いた頃には周りにいるものもまばらであった 項籍:ムッ、そこに見ゆるは・・・! 項籍:(N)漢軍の執拗な追撃は止むことなく、撒いても撒いても途切れることがなく・・・ 項籍:(N)そして追い詰められた項羽は、漢軍の中に旧知の人物を見つけた 項籍:・・・劉邦めはワシの首に莫大な報酬をかけていると聞く・・・ 項籍:フッ、いいだろう!ならば、この首をもって手柄とせよ! 項籍:(さらば、我が愛する妻よ・・・) 項籍:(N)「覇王」項羽、ついに果てる・・・その遺体は恩賞に目がくらんだ漢軍の手により、五つに裂かれた 虞:漢兵、すでに地を略し 虞:四方は楚の歌聲(うたごえ) 虞:大王の意気は盡(つ)き 虞:賤妾(せんしょう)、いずくんぞ生をやすんぜん 虞:(・・・将軍・・・もし、死後の世界があるとすれば・・・また、共に巡り合わんことを・・・) 虞:(・・・わたくしは、先に、向こうで待っています) 虞:・・・おさらばで、ございます 虞:(N)虞姫は「足手まといにはならぬ」と、弟とともに自害した 虞:(N)そして、彼女を弔う墓にはひなげしの花が 虞:(N)真っ赤に咲くその花は「虞美人草」と呼ばれた 0:一面に広がる花畑、そこには花を愛でる少女と少女に膝枕され、深い眠りにつく青年がいた・・・ 青年:・・・ 0:少女は穏やかな顔で青年を見つめる 少女:・・・ 0:少女の視線は、花畑と青年を交互に見つめる・・・その表情はとても穏やかなものであった 青年:・・・う 少女:・・・ 青年:・・・ぬ、こ・・・ここは・・・? 少女:・・・ふふ、ようやくお目覚めになられたようですね 青年:・・・そなたは・・・そしてここは・・・ぐう!? 0:青年の脳裏にとある記憶が蘇る・・・それは・・・ 少女:・・・とても、つらい思いをされたのですね 青年:・・・ワシは・・・ワシはァ・・・! 少女:・・・落ち着いてください・・・ここでは、もうつらい思いをすることはないのですよ 青年:・・・思い・・・出したぞ・・・!ワシは・・・項籍・・・祖国がため・・・グゥッ!? 0:頭を抱え、苦しむ青年「項籍」・・・少女は優しく抱きかかえ、母のように慈愛の満ちた声で青年を諭す 少女:・・・もう、怖くて辛い思いはしなくてよいのです・・・ 青年:・・・うう・・・うあああ・・・!? 少女:項将軍・・・いいえ、「あなた」・・・ 青年:・・・!?そなた・・・もしや・・・ 少女:・・・ 青年:ぐ・・・虞姫・・・ 少女:はい 青年:・・・ 少女:・・・落ち着きましたか? 青年:・・・ああ・・・しかし、ここは?それに我らが姿・・・ 少女:ここは、「どこでもないどこか」・・・しかし、ただ一つ言えることは、「現世」にあらず・・・ 青年:・・・ワシは確かにあの時死んだ・・・まさか、そなたも・・ 少女:はい・・・わたくしもあなたと分かれてすぐに・・・ 青年:・・・ 少女:しかし、死してなお、こうやって一緒になることができました 青年:・・・ 少女:・・・ 青年:・・・この姿、我らが初めてあった時の・・・ 少女:そうでございますね 青年:・・・ふ・・・ふはは・・・ 少女:・・・ 青年:この、花畑も、確かに覚えておる・・・死する前に思い出した場所よ 少女:・・・ 青年:・・・ 少女:・・・ここは時の流れが穏やかなようです・・・ 青年:・・・そういえば、漢・・・劉邦は!?あやつはどうなったのだ 少女:わたくしたちは敗れたのです・・・死した者に現世をどうこうはできませぬ・・・ただ、わたくしたちは、彼の者に引導を渡した・・・その事実のみ 青年:ふ、それもそうよな・・・わっはっは!・・・劉邦よ!我らは天より貴様の所業、見ておるぞ!貴様が道を外れしとき、必ずや楚より「覇王」が「漢」の首を貰い受けるであろう!心して天下を治めよ! 少女:・・・ 青年:・・・しかし、見事な花畑よの 少女:・・・ 青年:あの頃は・・・花の良さなど、まるでわからなかったが・・・ 少女:今は 青年:・・・なぜだろうな、どの花も美しく、そして力強く見えるのだ 少女:形は違えど、「愛でる」事ができるのですね 青年:・・・うむ 少女:「愛でる」・・・それは心の余裕の現れ・・・乾いた心が満たされ、美しいものを美しいと、そう感じる心が、花を、人を・・・愛せるのです 青年:・・・ 少女:今、「戦」や「大義」、「野望」というしがらみから解き放たれ、あなたは何を望みますか? 青年:・・・虞姫・・・我は・・・そなたと、ともに居たい・・・ 少女:ふふふ・・・それは、わたくしも同じ・・・わたくしも、あなたとともに、この地で花を愛でていたい・・・これからも 青年:・・・我はもうどこへもいかぬ、そなたを離さぬ 少女:ありがたき、幸せ・・・にございます 青年:・・・しかし、何ぞ、この花は、とても赤く、儚く・・・そなたによう似合うておる 少女:「ヒナゲシ」・・・いえ、外界の方たちはわたくしになぞらえて「グビジンソウ」と、呼んでいるそうです 青年:ほう、「グビジンソウ」とな・・・しかし、そなたによく似合う、美しい花よ 少女:・・・うふふ、あなたの口からそのように言われるなんて・・・あの頃からは想像も付きませんでした 青年:いや・・・であったか 少女:いや、ではありませぬ・・・むしろ・・・とても、嬉しいのです 青年:・・・そうか 少女:・・・見てください、このグビジンソウ・・・ 青年:・・・ふむ、なにやら人が寄り添うておるような、そんな咲き方をしているな 少女:うふふ、これはまるで・・・「あなた」と「わたくし」、みたいですね 青年:・・・ばッ!? 少女:ふふ・・・そのような、照れたお顔もされるのでございますね 青年:こ、これはだな!虞姫、そなたが! 少女:覇王の可愛らしい一面、でございますね 青年:・・・ 少女:照れたお顔の色がお花とそっくりでございます 青年:・・・虞姫よ 少女:はい 青年:これからも、ずっと末永く、この我と共にここで花を愛でてくれるか? 少女:・・・はい、永遠の刻(とき)を、あなたとともに・・・ 青年:・・・虞姫 少女:項羽さま・・・ 青年:愛している 少女:わたくしも、愛しています 0:覇王別姫~項虞伝~・終幕

0:少女は座り花を眺めている 0:すると後方より鎧を着た若い青年が歩いてきた 青年:・・・なんじゃ、ここは 少女:ふふ・・・ 青年:・・・花畑? 少女:ふふふ・・・ 青年:・・・む・・・? 少女:・・・お客さん・・・? 青年:・・・なんと・・・すまぬ、先客がおったようだな・・・気づかなんだ 少女:いいえ・・・お気になさらないでください・・・ 少女:そのいでたちは・・・武人さん? 青年:いかにも・・・して、そなた、このような場所で何をしておったのだ? 青年:人気(ひとけ)もなく・・・花しかないような、このような場所にて、そなた一人で・・・ 少女:花を・・・花を、愛(め)でていました 青年:花・・・?愛でる・・・? 少女:はい 青年:・・・それは楽しいのか? 少女:はい 青年:そうか・・・しかし、我にはわからぬな・・・ 青年:このような場所で、花を見続ける、なぞ・・・ 少女:ふふふ、武人さんには難しいですか? 青年:むぅ・・・ 青年:しかし・・・花なぞ、どれも同じであろう? 青年:ずっと見ていれば、飽きも来よう 少女:・・・確かに、花はすべて同じように見えます 少女:しかし、その一つ一つを見てみると全く違うのです 青年:・・・ 少女:ほんの些細な違いを楽しむ・・・それが楽しいのです 青年:・・・やっぱりさっぱりわからぬ 少女:ふふふ・・・人も同じことですよ 少女:同じ「人間」といえど、それぞれに違いがあって・・・得手不得手があって・・・ 少女:そう思えば、武人さんでも理解できませんか? 青年:・・・わからん 少女:ふふ、少し意地悪でしたね 少女:「愛でる」ということは、「頭で考える」ものではないのです 少女:なんというのでしょうか・・・ 少女:「心」・・・?そう、「心で感じる」のです 青年:「心」・・・か、うむぅ・・・ 青年:・・・我は「武」をふるうことのみを信じ、生きてきた者・・・ 青年:「武」こそがすべて・・・「強き」こそが・・・すべてなのだ 青年:それ故、「心」で物事を見る・・・と言うのは我には理解が及ばぬ 少女:ふふふ・・・ 少女:しかし、わたくしには・・・分かります 少女:あなたには、慈愛に満ちた感情があると・・・ 青年:・・・慈愛 少女:・・・いずれ、あなたにもわかる日が来ると、わたくしは思います 青年:・・・皆目検討もつかぬが・・・ 0:青年、少女の後ろ姿を見、何かを察する 青年:・・・そなた、もしや楚人(そびと)か 少女:はい、そうでございます 青年:そうか・・・我も楚人でな 青年:今は憎き秦に滅ぼされたが・・・ 少女:そうでございますね・・・ 青年:しかし、我ら楚人は強き民なのだ! 青年:土地は侵されたが・・・心まで秦には屈さぬ! 少女:・・・ 青年:我がいずれ・・・楚を再興し、咸陽(かんよう)を落として見せよう 少女:・・・ 青年:・・・楚はもともと緑豊かな土地なのだ・・・ 青年:秦の侵略で荒廃した土地になってしまったが・・・ 少女:・・・ 青年:楚人のため、そして何より・・・そなたのため、楚を取り戻すことを誓おう 少女:・・・それは・・・とても、良きことですね 少女:しかし・・・その道は険しいと・・・ 青年:・・・そのためには、今よりもっと強くあらねば 少女:・・・ふふふ、では、私はその日を待っています 少女:・・・そういえば、まだ名乗っていませんでしたね 0:今まで青年に背を向けて話していた少女、おもむろに立ち上がって青年に向く 0:少女が名前を告げるが風の音にかき乱される 少女:わたくしは―――というもの 青年:・・・ 少女:・・・?いかがなされました? 青年:・・・いや、美しいと思うてな 少女:美しい・・・ですか 少女:そのように申されると、少し気恥しくなってしまいます 青年:ふふ、やはり美しき娘であるな 青年:そのような姿も、またよい 少女:・・・ 青年:・・・ 0:ぼーっと立っていた青年はいきなり決意をあらわにしたように発言する 青年:・・・決めた!我は決めたぞ! 少女:・・・? 青年:我が楚を再興した暁には、そなたを正室として迎えたい! 少女:正室・・・ですか 青年:そうだ 少女:先ほども申しまたが、それは険しき道にございます・・・ 少女:いくらあなたさまと言えども・・・ 青年:はっはっは!何をいうか!険しき道ほど我が魂も震えるというもの! 青年:これは決定事項じゃ! 少女:・・・ 青年:・・・嫌であるか? 少女:いえ・・・ではわたくしも、その日を期待を込めて待ちましょう・・・ 少女:・・・楚の再興・・・なんと素晴らしき・・・夢なのでしょう・・・ 青年:夢にあらず!なぜならこの我が必ず成し遂げなければならぬ事ゆえ、だ! 少女:・・・ふふふ・・・ 青年:はっはっは! 少女:ふふふ・・・ 青年:・・・そういえば、我の名乗りがまだであったな 少女:では、わたくしも改めて名を名乗りましょう 0:二人で同時に名乗る・・・しかし名前は風にかき消され聞こえない 青年:我が名は――― 少女:わたくしの名は――― 虞:(N)時は今より約2200年も前、いわゆる「紀元前」と呼ばれた時代・・・ 虞:(N)中華は「春秋戦国時代(しゅんじゅう・せんごく・じだい)」 虞:(N)あまたの国が覇を競っておりました 虞:(N)国が興っては滅ぼされ、7つの国・・・ 虞:(N)「秦(しん)」・「燕(えん)」・「趙(ちょう)」・「魏(ぎ)」・「斉(せい)」・「韓(かん)」・・・そして「楚」 虞:(N)「戦国七雄(せんごくしちゆう)」と呼ばれる彼らも東の超大国、「秦」のエイ政・・・のちの「始皇帝(しこうてい)」によって悉く(ことごとく)滅ぼされてしまいました 虞:(N)「秦」の統治は苛烈(かれつ)を極め、国は荒れ、民は疲弊し、怨嗟の声が中華を覆いました 虞:(N)そんな中、「始皇帝」が没し、二世皇帝「胡亥(こがい)」の治世になると、更に苛烈を極める政治に農民たちが立ち上がります 虞:(N)「陳勝(ちんしょう)・呉広(ごこう)の乱」・・・この乱をきっかけに、秦を打ち倒そうという機運が高まって行きました 項籍:聞け!「楚」の民よ!我が愛する祖国の民よ! 項籍:今や、秦の権威は地に落ち!各地で農民が立ち上がる事態となった! 項籍:今こそ、祖国を再興(さいこう)し、秦を打倒する時! 項籍:我らの怒りを!憎き秦王に知らしめよ! 項籍:いざ征かん!祖国がために! 虞:(N)・・・秦より東、「楚」 虞:(N)祖国がため、駆け抜けた「漢(おとこ)」がおりました 虞:(N)その漢、武を降るいては敵をなぎ倒し、地を駆けては平らげる・・・ 虞:(N)その姿に敵味方から畏敬され「覇王」と呼ばれた漢の名は 虞:(N)「項籍(こう・せき)」 虞:(N)・・・こう言ったほうが馴染みが深いかもしれません 虞:(N)「項羽(こう・う)」 虞:(N)そんな彼の傍ら(かたわら)には、一人の美しき姫がいました 虞:(N)このお話は、そんな二人の悲恋の物語・・・ 0:タイトルコール 0:項籍「覇王別姫(はおうべっき)」 0:虞「~項虞伝(こうぐでん)~」 虞:(N)陳勝・呉広の乱に乗じて東の地にて起った「項羽」 虞:(N)彼は、叔父・項梁(こうりょう)の命で会稽郡(かいけいぐん)を奪取 項籍:会稽郡守(かいけいぐんしゅ)・殷通(いん・つう)!討ち取ったり! 項籍:これより会稽郡は我らが統治とする! 虞:(N)会稽郡を足がかりに「造反軍(ぞうはんぐん)」として秦の各地で戦闘、勝利を収めていた 虞:(N)そんな折り、項籍に縁談の話が持ち上がる 項籍:亜父(あふ)め・・・ 0:亜父(あふ、あほ)・・・項羽軍参謀、范増(はんぞう)のこと。項羽は范増を父のように慕い、亜父と呼んでいた 項籍:縁談だと?ワシにはそのような暇はないというに・・・ 0:虞一公(ぐ・いちこう)というものからの請われての縁談だったという 項籍:・・・虞一公?どこの誰だか知らぬが、この遅れ・・・ことと次第によっては万死に値するぞ・・・ 0:間 項籍:・・・ 0:間 項籍:・・・(イライラ) 0:間 項籍:・・・ええい!嫁とやらはまだ来ぬのか!?ワシを待たせるとはいい度胸じゃ!たたっ斬ってくれるわ! 0:間 項籍:もう我慢ならぬ!ワシはもう行くぞ! 0:項羽、ついにとうとう怒りが頂点に達し宴席の場から離れ、外に出ていく 0:そこには花畑が広がっていた 項籍:ふん、ワシは武に生きるもの!嫁など、この道を行くに障害にしかならぬ!亜父はわかっておらぬのじゃ!そうこうしている間に、劉邦が咸陽を落としでもしたら・・・ 虞:・・・ 項籍:・・・む、そこに誰ぞおるのか 虞:・・・? 項籍:・・・ 虞:・・・武人さん? 項籍:いかにも・・・そなた、ここで何をしておる 虞:わたくし、花を愛でておりました 項籍:花・・・とな 虞:はい・・・花は良きものです・・・乾いた心を潤してくれる・・・ 項籍:・・・ 虞:・・・そういう武人さんは、なぜここに? 項籍:・・・縁談を持ちかけられてな、嫁を待っておったがいつまで経っても現れぬ・・・ 虞:そうだったのでございますか・・・ 項籍:ワシは、姓は「項」、名は「籍」、字(あざな)を「羽」と申すもの 0:虞姫は何かを感じ、ハッとつぶやく 虞:項・・・籍・・・項将軍・・・ 項籍:そなた、楚人(そびと)のようだな 虞:・・・わたしの名は虞(ぐ)・・・虞一公の孫娘でございます 項籍:虞・・・一公・・・なに!?虞一公の!?貴様、良くもぬけぬけと!そこに直れ!その首、直々に叩き・・・落として・・・くれる・・・わ 0:虞と名乗る女性は立ち上がり項籍の方を向く 0:項籍も虞一公の名を聞き剣を構えるが、振り返った女性の顔を見、息を呑んだ 項籍:・・・美しい 虞:・・・申し訳ございません、わたくしは・・・ずっとここで待っておりました・・・あなた様が来るのを・・・ 項籍:・・・美しい 虞:そのように言われたのは・・・二度目でございます 項籍:いやしかし、本当に美しい・・・その美貌、天女(てんにょ)が如し 虞:それは・・・天女様に失礼というもの 項籍:・・・ 虞:・・・ 0:二人の間に沈黙が流れる 項籍:・・・そなた、花を愛でると言ったな 虞:はい 項籍:なにゆえ、花を愛でる 虞:花は色々なことを教えてくれます 虞:喜びも悲しみも・・・ 項籍:ワシにはさっぱり分からぬな 虞:以前、同じことを申された方がいらっしゃいました 項籍:・・・ 虞:花は「目」だけでなく「心」で見るのです 虞:そうすれば、きっと、花から語りかけてくれるでしょう 項籍:・・・ワシには「花」の良さは分からぬ・・・分からぬ、が 虞:・・・ 項籍:「花を愛でるそなた」はとても良いと思う 虞:ふふふ・・・それでいいのです 虞:その心こそが「愛でる」というもの 虞:なにも難しく考えず・・・単純に 項籍:・・・ 虞:わたくしからも一つ、良いですか? 項籍:なんだ 虞:武略が天下に轟く、音に聞こえし項将軍、あなたはその武を以って(もって)何を望みますか? 項籍:・・・? 虞:あなたが目指す「志」・・・お聞かせ願いますか 項籍:・・・打倒「秦」・・・そして「楚」の再興 虞:それは・・・成し得る事ができますか? 項籍:できるできぬではない、やらねばならぬ!それがワシに託されし「希望」なのだ! 虞:「希望」・・・ 項籍:「楚人」の怒り、憎しみ・・・それらを背負い、ワシは秦を倒す!「楚」を再び楚人の手に戻すのだ! 虞:とても、素晴らしい「志」で、ございますね 項籍:そのために、ワシは武を磨いてきた!一人でも秦を倒せるようにな! 虞:・・・ 項籍:・・・ 0:再び二人の間に沈黙が流れる 項籍:・・・いや、すまなんだ・・・もう一度出直すとしよう 虞:はい 項籍:・・・そうだ、この宝剣を預かっていてはくれぬか? 虞:・・・これは? 項籍:ワシの大切なものじゃ 虞:そのようなもの・・・私に預けてよろしいのでしょうか? 項籍:そなただからこそ、預けるのじゃ 虞:・・・承知いたしました、お待ちしております 虞:(N)項羽と虞姫は花畑にて約束を交わした 虞:(N)「もう一度、ここで会おう」と 虞:(N)そして項羽は約束通り、数日後に虞一公(ぐ・いちこう)を訪ねた 0:花畑にて 項籍:・・・やはり、ここにいたのだな 虞:お待ちして、おりました 項籍:・・・ 虞:・・・ 項籍:・・・ 虞:お預かりしていた、宝剣でございます 項籍:・・・ 虞:・・・ 0:虞、項羽に預かっていた宝剣を渡す 項籍:・・・約束を果たしに来たぞ・・・数日前のな 虞:・・・はい 項籍:・・・改めて聞く 虞:はい 項籍:我が妻と・・・なってはくれぬか? 虞:・・・なにを迷うことがありましょう 虞:わたくしは、あなたさまがくるのをずっとお待ちしていたのです・・・ 虞:もちろん、喜んでお受けいたしましょう 項籍:それは誠か!? 虞:はい 項籍:はっは!こうしてはおれぬ!宴じゃ! 虞:(N)虞姫の返答を聞いた項将軍は大いに喜び、縁者を集めて宴を開きました 虞:(N)その喜びようは・・・まるでこの世のすべてを手に入れたかのような・・・ 虞:(N)しかし、項将軍には一つだけ懸念があったのです 虞:「劉邦(りゅうほう)」という方・・・でございますか? 項籍:うむ・・・ 虞:(N)劉邦・・・項将軍と同じく関中(かんちゅう)を落とさんと進軍するもの 虞:(N)出自ははっきりとはしないが、むしろ売りだという・・・ 虞:(N)劉邦そのものに力はないが、何故か自然と彼の者の周りには色々な人が集まると聞きます 項籍:ワシは、こんなところでのんびりしている暇なぞないのだ・・・! 虞:(N)どうやら、将軍は楚王よりこの地に留まるよう、命令されていたのでした 項籍:・・・劉邦・・・どこぞの馬の骨ともわからん男よ・・・そやつに、咸陽(かんよう)・・・いや、関中を先に落とされでもしたら・・・! 虞:(N)その表情には、「焦り」・・・「怒り」・・・様々な感情が入り混じっておりました 項籍:・・・ 虞:将軍 項籍:・・・ 虞:将軍はお強い方にございます 虞:きっと、きっと関中入りを果たすのは将軍のみと、信じております 項籍:・・・虞姫・・・ 項籍:・・・そうだな、いや、そのとおりよ! 項籍:楚が名門たる我が一族こそ、関中の王にふさわしい! 項籍:礼を言う、虞姫よ・・・そなたのお陰でワシも気が楽になったわ 虞:・・・いいえ、礼には及びませぬ 虞:夫を支えるのが、妻の役目なれば 項籍:・・・すまない 虞:(N)しかし、現実はそう簡単には事が運びませんでした 項籍:・・・あの旗は・・・あの旗は!いずれのものぞ!? 虞:(N)函谷関(かんこくかん)・・・関中を守る関(せき)に翻る(ひるがえる)旗は秦のものではなく・・・ 0:項羽、悔しさをにじませながら 項籍:劉邦・・・! 虞:(N)劉邦軍・・・「劉」の旗が翻って(ひるがえって)いたのです 項籍:おのれ・・・おのれ!おのれぇぇぇぇ! 虞:(N)あろうことか劉邦軍は楚軍に対して攻撃を仕掛けてきます 項籍:劉邦・・・!!!!!!! 虞:将軍・・・!劉邦どのは項将軍と秦打倒の志を同じくする・・・いわば「同志」ではなかったのですか・・・!? 項籍:くっ・・・ワシにも分からぬ・・・が、現にこうして攻撃を受けておる! 虞:・・・ 項籍:ワシに刃を向けるか、劉邦!ならば覚悟せよ!この項籍を敵に回すことの恐ろしさをな! 項籍:全軍、掛かれぇーッ!劉邦が率いし弱兵なぞ皆殺しよ!かような関など一思いに踏み潰してしまえ! 虞:(N)「難攻不落(なんこうふらく)」とまで言わしめた函谷関も、項将軍の前では物ともしない関でした 虞:(N)函谷関を落とした項将軍は勢いに乗り咸陽へと乗り込もうとします 虞:(N)その際、劉邦の配下であった曹無傷(そう・むしょう)から、劉邦の咸陽での立ち振舞を聞き、激怒します 項籍:劉邦め・・・どこまでワシを小馬鹿にすればよいのだ!自らこの手でヤツの首を叩き落としてくれる! 虞:お待ち下さい将軍! 項籍:どけぃ、虞姫よ!いくらそなたの言とて容赦はできぬ! 虞:・・・お待ち下さい、将軍 項籍:・・・ 虞:将軍、落ち着いてくださいませ 項籍:・・・ 虞:こたびの劉邦の立ち振舞、たしかに到底許されるものではありませぬ・・・しかし!これは、「懐王(かいおう)」が定めた決まり!・・・すなわち楚の王が下した命にございます 0:「懐王」・・・楚の国の王族の末裔で項羽が「楚」再興として「楚王」に祭り上げた 項籍:・・・! 虞:この命に背くは楚に背くも同じ!・・・楚を愛した将軍が、楚を裏切るのでございますか!? 項籍:しかし・・・こやつらはワシらに刃を向けおったのだ 虞:確かに、そうかも知れません・・・しかし、今ここで味方同士で争ってどのような利があるというのですか!? 項籍:・・・ぐ 虞:将軍の志を、今一度思い出してくださいませ 項籍:・・・そう、だな・・・そうであった 項籍:・・・のう、虞姫よ・・・ワシはどうしたら良いのじゃ・・・ 虞:・・・どうやら、項伯(こうはく)どのが劉邦と和睦を勧めているとのこと 項籍:叔父どのが・・・?ふむ・・・ 虞:ここは一度劉邦と和睦して、わだかまりをなくしたほうが良いと存じます 項籍:・・・虞姫と、叔父どのがそう申すのならば・・・ 虞:・・・ 項籍:あいわかった、劉邦と和睦するといたそう・・・場所は聞いているか? 虞:咸陽の外・・・と 項籍:・・・では早速、出立(しゅったつ)いたそう 虞:(N)翌日、項将軍と劉邦は咸陽の外で相まみえることとなりました 虞:(N)これが世にいう「鴻門之会(こうもんのかい)」でございます 項籍:・・・何?劉邦を・・・討つ、とな・・・?ふむ・・・ 虞:(N)この時、亜父こと范増どのは会の混乱に乗じて劉邦を討つ謀略を張り巡らしていたと聞き及んでいます 項籍:しかし、ここで劉邦を討たば我等の立場が危うくなるのではないか? 項籍:・・・確かに評判などを気にしている場合ではない、が・・・ 項籍:劉邦は詫びを入れてきたのだ・・・それを討つ・・・となれば我等が不義となじられよう 項籍:・・・ああ、分かった分かった、劉邦の処遇はこちらで決める、だからなにもするでないぞ 虞:(N)項将軍の煮えきらない態度に范増殿は実力行使に出ます 項籍:剣舞とは、良き余興じゃ 虞:(N)しかしながら、劉邦の配下、樊會(はんかい)の機転もあって、劉邦は虎口(こぐち)を脱してしまいます 項籍:とりあえず、劉邦は巴蜀の地に左遷する、これでよいだろう 項籍:全く、亜父は小心者よのう!劉邦が如き小物、深き山中にでも押し込めておけば全くもって怖いもの無しよ 虞:(N)これで、項将軍の天下を阻む驚異がなくなったように思えました・・・しかし・・・ 虞:(N)「鴻門之会(こうもんのかい)」による項将軍と劉邦の対面は、一悶着ありながらも、無事滞りなく済みました・・・ 虞:(N)劉邦を巴蜀(はしょく)の地に左遷し、驚異を遠ざけることに成功した将軍は、残りの土地を配下に分け与え「王」を名乗らせることで政権の地盤をつくっていきます 項籍:我こそは「西楚の覇王」よ! 虞:(N)そして自らは「西楚の覇王」を名乗り、劉邦を「漢王(かんおう)」に封じました 虞:(N)・・・「鴻門之会」で劉邦を逃し、「漢王」に封じたことが項将軍の不幸の始まり・・・だったのかもしれません 項籍:なに?田栄(でん・えい)が反乱だと? 虞:(N)項将軍の国割りは公平なものではなく、自分と親密な人物を王にするというもので、やはりこれを不服とするものが出てきました 虞:(N)田栄の反乱を皮切りに、不満を募らせていた諸侯は次々と項将軍から離反していきました 項籍:劉邦めがワシに歯向かう、だと!?小癪なり、劉邦!ワシがあの時見逃してやった恩を忘れたというか! 虞:(N)劉邦は、自ら盟主となり各地に檄文(げきぶん)を飛ばし、「漢王」として諸侯を束ね、反楚軍を興しました・・・その数、56万 項籍:恩知らずの劉邦め!このワシ自ら、あの馬の骨の首を叩き落としてくれる! 虞:(N)項将軍による田栄軍鎮圧のスキを突いて、漢軍は我らが本拠、彭城(ほうじょう)を圧倒的兵力で落としてしまったのです 項籍:こうしてはおれぬ!田栄とは停戦せよ!停戦後、精鋭3万で討伐軍を編成!編成後、直ちに彭城に陣取る劉邦の討伐に向かわん! 虞:・・・ 項籍:虞姫よ、案ずるなかれ 項籍:ワシは強い、そうだろう? 虞:・・・はい 項籍:ワシがあの劉邦に後れを取ると思うか? 虞:・・・そうではありませぬ・・・ありませぬが・・・ 項籍:・・・何か、あるのか?申してみよ 虞:・・・わたくしの中で、何かがざわついております・・・何か、項将軍に悪いことが起きると 項籍:ははは、先程も申したであろう?案ずるな、なにが起きても、我が武を以て(もって)すべてを斬り伏せん! 虞:・・・ 項籍:・・・彭城へ向かうぞ 虞:・・・はい 項籍:・・・ 虞:・・・彭城の内情を見るに、劉邦軍は厭戦(えんせん)気分となっているようですね・・・ 項籍:劉邦・・・あの痴れ者(しれもの)めがッ!咸陽での仕置が足らなかったと見える! 虞:(N)彭城を落とした漢軍は、軍を統率するものがおらず、略奪や凌辱(りょうじょく)が横行し、毎夜のように酒宴を開いている、と言う有様でした 項籍:・・・しかし、これは好機よ!奴らは酒に酔っている上に士気がない!この機に乗じ、彭城を・・・我らが家を奪還せよ! 項籍:全軍、突撃! 虞:・・・ 項籍:・・・やはり、まだなにか引っかかるか 虞:・・・はい 項籍:・・・なにも、なにも案ずるなかれ 項籍:奴らは弱兵、烏合の衆(うごうのしゅう)よ 項籍:我らが負ける道理など、有りはせぬ 虞:・・・はい、わたくしも、将軍の武を・・・信じております 項籍:それに 虞:それに? 項籍:ワシにはな虞姫、そなたがついておる故・・・負ける気がしないのだ、わっはっは! 虞:・・・ふふ 項籍:ふ・・・ようやっと、笑うてくれたな 虞:・・・笑う 項籍:やはり、そなたはそのように笑った顔のほうが似合うておる 虞:・・・ 項籍:そなたの笑顔には不思議な力があるのだ・・・その顔を見るたびに、ワシも頑張らねば、踏ん張らねば、とな 項籍:心の臓がな、ワシを奮い立たせるのだ 虞:・・・ 項籍:・・・ふふふ、なんともワシらしくないことを言うてしもうたわ 虞:いいえ・・・それが将軍なりの・・・励ましなのですね 項籍:ちと恥ずかしくなってきたわ 虞:ありがたき、幸せにございます・・・将軍 項籍:・・・ 虞:(N)彭城を奇襲した楚軍は、場内の漢軍を悉く討ち取ります・・・その数、10万 項籍:一兵たりとも逃がすな!我らに歯向かった罪を、奴らに思い知らせるのだ! 虞:(N)そして、楚軍は漢軍を執拗に追撃し・・・場外のスイ水(すいすい)に追い詰め・・・そこでも10万人余りを討ち取りました 項籍:劉邦を・・・劉邦だけは逃してはならぬ!ヤツの首級だけは、絶対にあげよ! 虞:(N)楚軍の急襲により、彭城内にいた漢軍は壊滅、劉邦も這這(ほうほう)の体(てい)で敗走、何処(いずこ)へと逃走したそうでございます 項籍:・・・劉邦は逃したか・・・まぁ良いわ、これで奴らも・・・我らが力、思い知ったろう・・ 虞:(N)「彭城の戦い」で圧倒的兵力差に惨敗した劉邦に各国は見切りをつけ、連合軍は解散となったのでした・・・ 項籍:虞姫よ、やはりなにも、案ずることはなかったろう? 虞:はい 項籍:あとは、劉邦の行方と・・・ 虞:・・・項将軍・・・わたくしは、いつ、いかなる時もあなたのそばを決して・・・決して離れはしませぬ・・・ 項籍:待っておれ、劉邦・・・必ずや「報い」を・・・! 虞:(N)「彭城(ほうじょう)の戦い」の後、劉邦が逃げた先が掴めました・・・ 虞:(N)「滎陽(けいよう)」・・・ 虞:(N)それを聞いた将軍はすぐさま軍を編成、滎陽へと向かいました 項籍:・・・劉邦よ、もはや貴様に逃げ場はないぞ 虞:・・・ 項籍:・・・虞姫 虞:・・・将軍 0:虞姫は項羽の肩にぎゅうっと抱きつくように寄り添った 項籍:・・・ 虞:少しばかり・・・このままでいさせてください 項籍:・・・虞姫 虞:・・・やはり、怖いのです 項籍:怖い・・・とな 虞:・・・はい 項籍:・・・わかった・・・聞かせてみよ、そなたの恐怖を 虞:はい・・・ 項籍:・・・ 虞:劉邦という男、確かに取るに足らぬ小物かもしれませぬ 項籍:・・・ 虞:しかし、かの者の本質は・・・力にあらず 項籍:力に・・・あらずと 虞:先日の「鴻門之会」、そして先刻の「彭城」・・・かの者、力は将軍に遠く及ばずとも、「人」・・・「人」をたらし込む、強大な「力」があるのです 項籍:・・・「人」とな 虞:はい・・・その「呪い」ともいうべき強大な力が・・・わたくしと将軍を引き離し・・・そして将軍を・・・八つ裂きにしてしまうのではないかと 項籍:・・・ 虞:わたくしよりお願いがあります 項籍:・・・何ぞ、申してみよ 虞:「人」に・・・絶望しないでください 項籍:・・・肝に銘じておこう 虞:(N)滎陽での戦は・・・楚軍の勝利に終わりました・・・しかし、失ったものもまた、大きかったのです 項籍:何ゆえ・・・何ゆえ、誰もワシの言うことを聞かぬのだ!! 虞:(N)漢軍の軍師、張良(ちょうりょう)の離間策(りかんさく)により、将軍は疑心暗鬼になってしまわれたのです 項籍:・・・亜父(あふ) 虞:(N)そして、亜父こと范増とも、また意見の対立より・・・失ってしまいました 項籍:みんな・・・みんな・・・ワシの理想を信じて・・・付いてきたはずよ・・・ならば・・・ワシの言う通りにすればよいのだ・・・なのに、なにゆえ・・・ 虞:将軍・・・ 項籍:虞姫・・・おぉ虞姫よ・・・ワシが信じるはお主ただ一人・・・お主は、ワシを、裏切ってくれるな 虞:・・・当たり前にございます・・・わたくしは、なにがあろうと、将軍のそばを離れませぬゆえ・・・ 項籍:虞姫・・・虞姫よ・・・! 虞:(N)私は、将軍の中に強き意志で咲き誇る「花」を見た 虞:(N)それは、崖で咲き誇る珍しき花 虞:(N)その力強さは人々を魅了し、そして惹きつける 虞:(N)しかしながら、それは人々の目に止まった時にのみ輝く 虞:(N)その花の良さを「真に理解できる人物」にのみ・・・ 虞:(N)いくら崖に力強く咲こうと、その真意を理解できなければただ虚しく朽ちていくのみ 虞:(N)私は「あの日」から・・・将軍と言う花が輝けるよう、そばで見守ると、誓ったのです・・・ 項籍:(N)ワシにとって「人」とは「駒」に過ぎぬ 項籍:(N)「駒」がワシに意見するなど言語道断、ありえぬのだ 項籍:(N)「駒」は駒らしくワシの言う通りに動けば良い 項籍:(N)「人を愛す」?そんな感情、戦にはいらぬ!ただ勝つことのみを考えればよいのだ! 項籍:(N)我が、理想・・・そして「約束」のために 虞:(N)滎陽での戦に勝った楚軍は勢いこそあれど、物資難に陥り戦争継続に暗い影を落とし始めました 虞:(N)しかし、それは漢軍も同じ 虞:(N)・・・そして・・・ 項籍:なぜ・・・みな、ワシのために動かぬ・・・ 虞:(N)「背水の陣」で有名な「斉」での敗戦を皮切りに、次第に楚軍は劣勢になっていきます 項籍:劉邦め・・・劉邦めぇぇぇぇ・・・! 虞:(N)将軍は垓下(がいか)に追い詰められてしまいます 項籍:もはや、我が命運付きたり・・・か 虞:将軍・・・ 項籍:漢軍め・・・ 虞:・・・ 項籍:・・・ん、ここは 虞:花畑・・・ですね 項籍:・・・なんぞ、ここに見覚えが・・・ 虞:・・・ 項籍:・・・ 0:回想 青年:しかし、我ら楚人は強き民なのだ! 青年:土地は侵されたが・・・心まで秦には屈さぬ! 青年:我がいずれ・・・楚を再興し、咸陽を落として見せよう 青年:楚人のため、そして何より・・・そなたのため、楚を取り戻すことを誓おう 少女:・・・それは・・・とても、良きことですね 少女:しかし・・・その道は険しいと・・・ 青年:・・・そのためには、今よりもっと強くあらねば 少女:・・・ふふふ、では、私はその日を待っています 項籍:・・・確か、ここで少女と出会い、誓いを立てたのだ 項籍:「楚国を再興する」・・・と 虞:・・・ 項籍:その少女の名は・・・ 0:風が強い・・・しかし今度ははっきりと聞こえる・・・そう、二人の声が、力強く! 青年:我が名は項籍、字は「羽」じゃ 少女:わたくしの名は虞、でございます 項籍:そう、確か「虞」と・・・ 項籍:そうか、我らは・・・あの時、既に出会っておったのか 虞:やっと・・・やっと、思い出してくださいましたね・・・ 項籍:・・・ 虞:わたくしは、ずっと待ちわびておりました・・・ 虞:やっと、迎えに来てくださったのですね 項籍:・・・すまぬ 虞:・・・ 項籍:・・・いつから 虞:・・・ 項籍:いつから気付いておった 虞:・・・将軍が嫁取りに来たあの日から・・・ 項籍:なにゆえ、申さなかった 虞:わたくしは、ずっと申していました・・・ 虞:「ずっとお待ちしていました」・・・と 項籍:・・・そうか 虞:・・・ 項籍:お主のことすら気が付かぬワシを愚かと笑うか? 虞:そのようなことはございませぬ 虞:こうやって思い出してくれた、それだけで私は幸せにございます 項籍:・・・ずっと、疑問に思うておった 虞:・・・はい 項籍:そなたは、なにゆえ、この項籍に惚れたのじゃ・・・ 項籍:この、「武」一辺倒の愚かなワシに・・・ 虞:・・・花 項籍:花? 虞:はい、わたくしは将軍の中に花を見つけました・・・過酷な環境でも力強く咲く・・・強き「花」を 項籍:・・・花、とはまたそなたらしき例えであるな 虞:将軍の心に咲く花は・・・崖に咲く珍しい花・・・薬にも毒にもなる花・・・ 項籍:・・・ 虞:それ故に誰からも気にかけられず、理解も得られずひっそりと朽ちていく花・・・ 項籍:・・・ 虞:わたくしはそんな儚さを、将軍という「花」に見ました 項籍:・・・ 虞:あなたは、一人でも強く咲き続けられるでしょう・・・それ故に、己のみを信じ、他を顧みない・・・そんな・・・悲しき花 項籍:・・・ふふ、悲しき花、か・・・今のワシそのものよの 虞:しかし、わたくしは、そんなあなたを支えたい・・・一人で力強く咲き続ける花も、光なくば朽ちていくでしょう・・・ 項籍:光・・・ 虞:わたくしは、将軍を照らす・・・「光」に、なりたかったのです 項籍:・・・なるほどのう 虞:将軍という花がいたからこそ、わたくしも光り輝き続けることができたのです 項籍:・・・そうか 虞:・・・ 項籍:・・・そなたの想い、しかと理解した 項籍:今、思えば、滎陽(けいよう)・・・あの時も・・・申しておったな、「人を愛せ」と 虞:・・・ 項籍:・・・今、後悔しても、時すでに遅し・・・か 虞:・・・わたくしは、最後まで将軍の元を離れませぬ 項籍:・・・そうか・・・そうだな・・・ 虞:・・・ 項籍:垓下に向かう 虞:(N)垓下に向かう項将軍・・・しかし・・・我らを待っていたのは・・・ 項籍:包囲・・・されただと 虞:・・・歌が・・・聞こえて・・・ 項籍:・・・この歌 虞:・・・楚歌、でございますか 項籍:・・・くくく 虞:・・・ 項籍:あっはっは! 虞:将軍・・・ 項籍:これが・・・これが笑わずにいられようか! 虞:・・・ 項籍:・・・ワシがやってきたことは、全て独りよがりだったのだ!楚のためと思うておった!しかし!楚の民ですら!ワシの真意を!理想を!汲み取らず!最後は敵となってワシに歯向かうのだ! 虞:・・・ 項籍:どうした、虞姫よ!そなたも笑うが良い!この哀れな王をな! 虞:・・・ませぬ 項籍:あっはっは! 虞:わたくしは!決して!笑いませぬ! 項籍:・・・虞姫 虞:先程も申しました・・・わたくしは、「将軍を照らす光」と 項籍:・・・ 虞:真意を理解できなくて、なにが光でありましょうか 項籍:・・・ 虞:すべてを理解した上で、支えになろうとそばにいるのです・・・だから、笑いませぬ! 項籍:・・・すまぬ・・・そうで、あったな 虞:私の愛した「花」は決して、自らを卑下(ひげ)しない・・・光に向かって真っすぐ伸び続ける力強き花です 項籍:・・・どうやら、この状況に、取り乱してしまったようじゃ・・・ 虞:・・・ 項籍:・・・これが、最期・・・やもしれぬ 虞:・・・ 項籍:虞姫よ・・・一つ、聞いてはくれぬか 虞:・・・はい 項籍:力は山を抜き 気は世を葢(おお)う 項籍:時利あらずして 騅(すい)逝かず 項籍:騅の逝かざる 如何(いかん)すべき 項籍:虞よ虞よ 汝を如何せん 虞:・・・ 項籍:・・・さらば 項籍:戦えるものは、我に続け!戦えぬものは、虞姫の供回りをせい!・・・いざ、出陣じゃぁぁ! 項籍:うおお!どけぇい!このワシを誰と心得る!「西楚の覇王」、項羽ぞ!死にたくなくば道を開けよ! 項籍:はぁはぁ・・・よいかお主ら、心得よ 項籍:今、ワシがここで死ぬのは、ワシが弱いからではなく、天がワシを滅ぼさんとしているのだ!今よりあの漢軍の中に入り打ち倒すことで、それを証明せん!うおお! 項籍:ハァ!ドリャ!ぬぅん! 項籍:見よ!ワシは未だ死なず!うおお! 項籍:(N)楚軍の勢い未だ衰えず・・・しかし、疲れは次第に勢いを弱めていく 項籍:(N)項羽についてきた将も、一人・・・また一人・・・と倒れ、漢軍の追撃を撒いた頃には周りにいるものもまばらであった 項籍:ムッ、そこに見ゆるは・・・! 項籍:(N)漢軍の執拗な追撃は止むことなく、撒いても撒いても途切れることがなく・・・ 項籍:(N)そして追い詰められた項羽は、漢軍の中に旧知の人物を見つけた 項籍:・・・劉邦めはワシの首に莫大な報酬をかけていると聞く・・・ 項籍:フッ、いいだろう!ならば、この首をもって手柄とせよ! 項籍:(さらば、我が愛する妻よ・・・) 項籍:(N)「覇王」項羽、ついに果てる・・・その遺体は恩賞に目がくらんだ漢軍の手により、五つに裂かれた 虞:漢兵、すでに地を略し 虞:四方は楚の歌聲(うたごえ) 虞:大王の意気は盡(つ)き 虞:賤妾(せんしょう)、いずくんぞ生をやすんぜん 虞:(・・・将軍・・・もし、死後の世界があるとすれば・・・また、共に巡り合わんことを・・・) 虞:(・・・わたくしは、先に、向こうで待っています) 虞:・・・おさらばで、ございます 虞:(N)虞姫は「足手まといにはならぬ」と、弟とともに自害した 虞:(N)そして、彼女を弔う墓にはひなげしの花が 虞:(N)真っ赤に咲くその花は「虞美人草」と呼ばれた 0:一面に広がる花畑、そこには花を愛でる少女と少女に膝枕され、深い眠りにつく青年がいた・・・ 青年:・・・ 0:少女は穏やかな顔で青年を見つめる 少女:・・・ 0:少女の視線は、花畑と青年を交互に見つめる・・・その表情はとても穏やかなものであった 青年:・・・う 少女:・・・ 青年:・・・ぬ、こ・・・ここは・・・? 少女:・・・ふふ、ようやくお目覚めになられたようですね 青年:・・・そなたは・・・そしてここは・・・ぐう!? 0:青年の脳裏にとある記憶が蘇る・・・それは・・・ 少女:・・・とても、つらい思いをされたのですね 青年:・・・ワシは・・・ワシはァ・・・! 少女:・・・落ち着いてください・・・ここでは、もうつらい思いをすることはないのですよ 青年:・・・思い・・・出したぞ・・・!ワシは・・・項籍・・・祖国がため・・・グゥッ!? 0:頭を抱え、苦しむ青年「項籍」・・・少女は優しく抱きかかえ、母のように慈愛の満ちた声で青年を諭す 少女:・・・もう、怖くて辛い思いはしなくてよいのです・・・ 青年:・・・うう・・・うあああ・・・!? 少女:項将軍・・・いいえ、「あなた」・・・ 青年:・・・!?そなた・・・もしや・・・ 少女:・・・ 青年:ぐ・・・虞姫・・・ 少女:はい 青年:・・・ 少女:・・・落ち着きましたか? 青年:・・・ああ・・・しかし、ここは?それに我らが姿・・・ 少女:ここは、「どこでもないどこか」・・・しかし、ただ一つ言えることは、「現世」にあらず・・・ 青年:・・・ワシは確かにあの時死んだ・・・まさか、そなたも・・ 少女:はい・・・わたくしもあなたと分かれてすぐに・・・ 青年:・・・ 少女:しかし、死してなお、こうやって一緒になることができました 青年:・・・ 少女:・・・ 青年:・・・この姿、我らが初めてあった時の・・・ 少女:そうでございますね 青年:・・・ふ・・・ふはは・・・ 少女:・・・ 青年:この、花畑も、確かに覚えておる・・・死する前に思い出した場所よ 少女:・・・ 青年:・・・ 少女:・・・ここは時の流れが穏やかなようです・・・ 青年:・・・そういえば、漢・・・劉邦は!?あやつはどうなったのだ 少女:わたくしたちは敗れたのです・・・死した者に現世をどうこうはできませぬ・・・ただ、わたくしたちは、彼の者に引導を渡した・・・その事実のみ 青年:ふ、それもそうよな・・・わっはっは!・・・劉邦よ!我らは天より貴様の所業、見ておるぞ!貴様が道を外れしとき、必ずや楚より「覇王」が「漢」の首を貰い受けるであろう!心して天下を治めよ! 少女:・・・ 青年:・・・しかし、見事な花畑よの 少女:・・・ 青年:あの頃は・・・花の良さなど、まるでわからなかったが・・・ 少女:今は 青年:・・・なぜだろうな、どの花も美しく、そして力強く見えるのだ 少女:形は違えど、「愛でる」事ができるのですね 青年:・・・うむ 少女:「愛でる」・・・それは心の余裕の現れ・・・乾いた心が満たされ、美しいものを美しいと、そう感じる心が、花を、人を・・・愛せるのです 青年:・・・ 少女:今、「戦」や「大義」、「野望」というしがらみから解き放たれ、あなたは何を望みますか? 青年:・・・虞姫・・・我は・・・そなたと、ともに居たい・・・ 少女:ふふふ・・・それは、わたくしも同じ・・・わたくしも、あなたとともに、この地で花を愛でていたい・・・これからも 青年:・・・我はもうどこへもいかぬ、そなたを離さぬ 少女:ありがたき、幸せ・・・にございます 青年:・・・しかし、何ぞ、この花は、とても赤く、儚く・・・そなたによう似合うておる 少女:「ヒナゲシ」・・・いえ、外界の方たちはわたくしになぞらえて「グビジンソウ」と、呼んでいるそうです 青年:ほう、「グビジンソウ」とな・・・しかし、そなたによく似合う、美しい花よ 少女:・・・うふふ、あなたの口からそのように言われるなんて・・・あの頃からは想像も付きませんでした 青年:いや・・・であったか 少女:いや、ではありませぬ・・・むしろ・・・とても、嬉しいのです 青年:・・・そうか 少女:・・・見てください、このグビジンソウ・・・ 青年:・・・ふむ、なにやら人が寄り添うておるような、そんな咲き方をしているな 少女:うふふ、これはまるで・・・「あなた」と「わたくし」、みたいですね 青年:・・・ばッ!? 少女:ふふ・・・そのような、照れたお顔もされるのでございますね 青年:こ、これはだな!虞姫、そなたが! 少女:覇王の可愛らしい一面、でございますね 青年:・・・ 少女:照れたお顔の色がお花とそっくりでございます 青年:・・・虞姫よ 少女:はい 青年:これからも、ずっと末永く、この我と共にここで花を愛でてくれるか? 少女:・・・はい、永遠の刻(とき)を、あなたとともに・・・ 青年:・・・虞姫 少女:項羽さま・・・ 青年:愛している 少女:わたくしも、愛しています 0:覇王別姫~項虞伝~・終幕