台本概要

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タイトル あ~あ、男ってほんとくだらない。
作者名 なおと(ばあばら)  (@babara19851985)
ジャンル ラブストーリー
演者人数 2人用台本(男1、女1)
時間 20 分
台本使用規定 非商用利用時は連絡不要
説明 前野純一は、隣の部屋に住んでいる川口美奈に惹かれ始めていた。
ある日、DVDを貸すために川口美奈の部屋を訪れることになった。

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キャラ説明  

名前 性別 台詞数 説明
前野純一 30 20代。サラリーマン。
川口美奈 41 20代。スーパーのパートタイムで働く。
※役をクリックするとセリフに色が付きます。

台本本編

文字サイズ
0:(緊張した様子で呼び鈴を鳴らす前野純一) 川口美奈:「はーい」 前野純一:「あ、川口さん。ま、前野です」 川口美奈:「待ってて下さい。今、開けますから」 前野純一(M):玄関口に現れた川口さん。屈託ない笑顔で僕を迎えてくれる。 川口美奈:「昨日の今日で、早速持ってきてくれたんですね。ありがとうございます。さ、上がって下さい」 前野純一:「お、お邪魔します」 前野純一(M):玄関から室内へ、一歩足を踏み入れると、甘い香りが鼻孔をくすぐった。女性の部屋の匂いだ…。 川口美奈:「どうぞ座って下さい。簡単ですけど、お菓子も作りましたので、良かったら食べて下さいね」 前野純一:「え?このクッキー、もしかして川口さんの手作りですか?」 川口美奈:「はい。(悪戯っぽく)あの時頂いたクッキーほど上等なものが用意できなくて、ごめんなさいね」 前野純一:「ちょっと(笑)。その話はもう忘れて下さいよ」 川口美奈:「お隣さんから、高級クッキーをもらうなんて、思わなかったです(笑)」 前野純一:「忘れて下さいってば(笑)」 川口美奈:「あはは。だから、そのお礼だと思って下さい。お口に合えばいいですけど」 前野純一:「…何か気を遣わせてしまってごめんなさい。これ渡したら、すぐにお暇するつもりだったんですけど」 川口美奈:「そんなそんな。ゆっくりして行って下さい。それに、今日持ってきて頂いた『それ』。前野さんに解説してもらいながら観た方が楽しめるかなぁ~、って思ってるんですけど…」 前野純一:「え!?こ、これから一緒に観るってことですか?」 川口美奈:「はい、ぜひ。駄目ですか?」 0: 0: 前野純一(M):川口さんと初めて出会ったのは、半年前のことだった。 前野純一(M):仕事の転勤で引っ越してきたこのマンション。僕の部屋は角部屋だった。礼儀として、隣の住民に挨拶はした方が良いかと思い、デパートで買ったクッキーを持って、挨拶に行った。挨拶をするお隣さんは一軒だけのため、やや高めのクッキーを買っていた。 前野純一(M):玄関口に現れた川口さんの第一印象は「野暮ったい人」だった。 前野純一(M):仕事帰り直後なのか、服装こそビジネスカジュアルだったが、地味で薄いメイク、セミロングの髪を後ろで束ねただけのしゃれっ気のない髪型。おそらく僕と同年代くらいと思われたが、飾り気のない見た目のせいで、実年齢より幼く見られそうだ、と思った。 0: 0: 川口美奈:「ねぇ、初対面の時、私どんな印象でしたか?」 前野純一:「え?」 前野純一(M):川口さんはDVDプレイヤーに、僕が持ってきたDVDをセットしながら、何気なく聞いてきた。まるで、思考を読まれたようでドキリとした。 川口美奈:「地味で野暮ったい、コミュニケーションが下手そうな子だなって思いました?」 前野純一:「え…と、うん、七割がた合ってますね」 川口美奈:「…あははは。前野さんってば、失礼ですね~(笑)」 前野純一:「あくまで第一印象ですからね。第一印象と実際の川口さんとは違いますよ」 川口美奈:「ふふふ、前野さんってそういうとこ、変に真面目ですよね」 前野純一:「真面目じゃないですよ。理屈屋で面倒な奴なんですよ」 川口美奈:「あ~。その返答がもう『面倒な奴』ですよね」 前野純一:「失礼ですね(笑)」 川口美奈:「お互い様です。…はい、準備できました。それじゃ再生していいですか?」 前野純一:「あの、ホントにいいんですか?この作品、言っちゃ何ですけど、ハリウッド映画とかに比べたら、退屈で眠いですよ?」 川口美奈:「そんな退屈な映画が大好きな、理屈屋で面倒な前野さんに解説してもらえれば、多少は眠気もなくなるんじゃないですか?」 前野純一:「ちなみに、二時間半ありますからね」 川口美奈:「大丈夫です。つまらなかったら、ちゃんと言いますし、安心して下さい」 前野純一:「何の安心ですか(笑)」 0: 0: 前野純一(M):あの初対面から約三ヶ月、僕と川口さんの交流は一切なかった。アパートの隣の住人というだけの関係なんだ。当たり前と言えば、当たり前だ。 前野純一(M):その関係に変化が起こったのは、会社帰りに単館系のマイナー映画を見て、夜10時頃に帰宅した時だった。 川口美奈:「あれ、映画ご覧になるんですか?」 前野純一(M):アパートの前で、突然川口さんの方から声をかけられた。 前野純一:「え…?あ、はい…えっと」 川口美奈:「手に持ってるそれ。映画のパンフレットですよね」 前野純一(M):川口さんは、僕が持ってる映画館のロゴが入った手提げを目線で示しながら聞いてきた。 川口美奈:「私も、映画好きなんですよね」 前野純一:「あぁ…そうなんですか」 0: 0: 川口美奈:「あの時はまさか前野さんがこんな小難しい映画が好きな人だとは思わなかったです」 前野純一:「僕も、川口さんがこんな小難しい映画に興味を持ってくれるなんて、思わなかったですよ」 川口美奈:「そうなんですよねぇ。自分でも意外でした。あの日から何回か外で会って、色々お勧めの映画教えてくれたじゃないですか。そしたら、だんだん興味持ってきちゃったんですよねぇ」 前野純一(M):こんなこと初めてだった。自分の趣味は人と少し違っていて、理解を示してくれる人なんて、身近にはいないと思っていた。 川口美奈:「あぁ、興味持ったって…前野さんに、って意味ですよ?」 前野純一:「…え?」 川口美奈:「映画始まりますね。ほら、解説して下さいよ」 0: 前野純一(M):DVDが再生され、川口さんの家のテレビに僕の大好きな映画が上映され始める。仕事に疲れた会社員の女性が主人公の、ドイツ映画だ。主人公は野生の狼に恋愛感情を抱き、家に連れ帰り共同生活をするという内容だった。 前野純一(M):主人公がなぜそんな感情を持ったのか、狼との出会いをなぜカットの切り返しではなく、俯瞰のロングショットで撮っているのか、僕はできる限り丁寧に、でも少し熱っぽく話した。 前野純一(M):まるで、僕自身を川口さんに理解してもらおうとするように。 前野純一(M):あぁ…きっと僕は嬉しいんだ。こんな僕の趣味に興味を持ってくれたことに。そして、そんな川口さんに惹かれていることを、同時に感じていた。 0: 川口美奈:「…終わりましたね」 前野純一:「はい。終わりましたね」 川口美奈:「意外と二時間半って、あっという間だったな。体感、もっと短かった気がします」 前野純一:「そうですか?中盤の警察署のシーンとか、わりとダラダラしてて、間延びしてるように感じませんでしたか?」 川口美奈:「そうやって、自分の好きな映画にケチつけて予防線張りたくなる気持ち、わかるなぁ~」 前野純一:「(苦笑して)で、どうだったんですか?楽しめましたか?」 川口美奈:「う~ん。楽しいか楽しくないか、よくわからなかった、ということがわかりました」 前野純一:「なに、それ(笑)」 川口美奈:「だって、ホントにそう思ったんだもん」 前野純一:「(二人同時に苦笑)あははは」 川口美奈:「(二人同時に苦笑)ふふふふ」 0: 前野純一(M):居心地の良いやり取り。この時間が、もっと続けばいいのに。僕は、そう願った。 0: 川口美奈:「前野さんのことも、そう。まだ、よくわからないことだらけ。だから…もっと知りたいな」 前野純一:「待って下さい。……僕から、言わせて」 0: 前野純一(M):この気持ちは、自分から伝えるべきだと、そう思った。 0: 前野純一:「僕も…川口さんのことが、もっと知りたい。……だから」 川口美奈:「(遮って)待って。その前に…一つだけ言っておきたいことがあるの」 前野純一:「え…?」 川口美奈:「私は前野さんのことがもっと知りたい。そして、前野さんも私に対して、同じ気持ちになってくれてる、ってことで…いいですよね?」 前野純一:「う、うん。そう、だと思うけど」 川口美奈:「じゃあ、これから私がする話も、私を知ることだと思って、よく聞いてくれる?」 0: 前野純一(M):川口さんは、泣きそうな表情で、言葉を続けた。 0: 川口美奈:「私ね……風俗嬢やってるんだ」 前野純一:「……え?」 0: 前野純一(M):川口さんは、ポツリポツリと、自分の言葉を確かめるようにしながら、話し出した。 川口美奈:「私の仕事の話、ちゃんとしてなかったよね。スーパーでパートしてるのは言ってたけど、それだけじゃこのマンション住めないよ。 川口美奈:考えてみたら、そっちの仕事の方は結構長く勤めてるんだよね。今月で、ちょうど二年になるかなぁ。最初は当然、嫌々だったんだよね。 川口美奈:当時、付き合ってた彼が借金しててさ。どうしても利子が返せなくなっちゃって、それで仕方なく。仕事始めて一ヶ月は辛かったよ~?お客さんと別れてホテル出てから、毎回毎回吐きまくってたの。 川口美奈:そんな感じだったから、食欲もなくなっちゃって。 川口美奈:最低の顔色で、あるお客さんのとこ行ったらさ、なんか親身になって相談に乗ってもらったんだよね。結局、その人は私の体には触れないで、お金だけ払って私を帰してくれたの。 川口美奈:その時、思ったんだよね。『あぁ、私、憐れまれたんだなぁ』って。 川口美奈:今までの私の人生、ずっと人から憐れまれてたの。家は貧乏だし、学歴もないし、美人でもないし…。あのお客さんは、私に私の人生を突き付けてきたんだよね。 川口美奈:そしたらさ…なんか無性に風俗の仕事、頑張りたくなっちゃって。 川口美奈:お客さんとベッドの上にいる間だけは、私は可哀そうじゃないって、そう思ったんだよね。 川口美奈:欲望でギラギラした目線を向けられている間だけは、私は私として生きているんだ、って…そんな風に思った。 川口美奈:…ねぇ、聞いてる?」 前野純一:「……う、うん」 川口美奈:「まだ、話していいかな?それとも…」 0: 前野純一(M):川口さんは、真っすぐに僕の目を見つめていた。 0: 川口美奈:「それとも…もう、やめとく?」 0: 前野純一(M):川口さんの目は、すでに僕の答えを知っているようだった。 0: 川口美奈(M):前野さんが帰った後、私は自分で作ったクッキーをつまみながら、あの日のことを思い出していた。 川口美奈(M):マイナー映画のパンフレットを手提げに入れ、自分の部屋の玄関を開けようとしていた前野さん。咄嗟に私は「映画は好きだが、マイナー映画は見たことがない女の子」を演じようと決めた。 川口美奈(M):その方がきっと、彼が喜ぶと思ったのだ。 川口美奈(M):その後、少し話してみて私は確信した。この人は、私と似ていると。自分に興味を持って欲しい、理解して欲しいと、強く願っている人だと。 川口美奈(M):本当は私も、彼と同じくらい、マイナー映画が好きなのだ。彼が今日持ってきてくれたDVDも実は自分で持っている。好きな映画が同じだということも、私には嬉しかった。 川口美奈(M):しかし、私はそんな態度を決して垣間見せることなく、無知で、無教養で、純朴な女の子に徹しようと思った。 川口美奈(M):その方が、彼が喜ぶと思ったから。 川口美奈:「あ~あ、その時点で、間違っちゃったんだなぁ」 川口美奈(M):甘いクッキーの味が口内に広がる。 川口美奈(M):前野さんが惹かれていた私は、きっと私じゃない。 川口美奈:「それにしたってさ、話くらい…ちゃんと聞いてくれたって、いいじゃん…。少しは…本当の私も、見てほしかったなぁ」 0:川口美奈の頬、一筋の涙が流れる。 川口美奈:「あれ…。何か久しぶりだな…泣くの。 川口美奈:(涙を拭って)あ~あ、やだやだ。男って、ホント…くだらない」

0:(緊張した様子で呼び鈴を鳴らす前野純一) 川口美奈:「はーい」 前野純一:「あ、川口さん。ま、前野です」 川口美奈:「待ってて下さい。今、開けますから」 前野純一(M):玄関口に現れた川口さん。屈託ない笑顔で僕を迎えてくれる。 川口美奈:「昨日の今日で、早速持ってきてくれたんですね。ありがとうございます。さ、上がって下さい」 前野純一:「お、お邪魔します」 前野純一(M):玄関から室内へ、一歩足を踏み入れると、甘い香りが鼻孔をくすぐった。女性の部屋の匂いだ…。 川口美奈:「どうぞ座って下さい。簡単ですけど、お菓子も作りましたので、良かったら食べて下さいね」 前野純一:「え?このクッキー、もしかして川口さんの手作りですか?」 川口美奈:「はい。(悪戯っぽく)あの時頂いたクッキーほど上等なものが用意できなくて、ごめんなさいね」 前野純一:「ちょっと(笑)。その話はもう忘れて下さいよ」 川口美奈:「お隣さんから、高級クッキーをもらうなんて、思わなかったです(笑)」 前野純一:「忘れて下さいってば(笑)」 川口美奈:「あはは。だから、そのお礼だと思って下さい。お口に合えばいいですけど」 前野純一:「…何か気を遣わせてしまってごめんなさい。これ渡したら、すぐにお暇するつもりだったんですけど」 川口美奈:「そんなそんな。ゆっくりして行って下さい。それに、今日持ってきて頂いた『それ』。前野さんに解説してもらいながら観た方が楽しめるかなぁ~、って思ってるんですけど…」 前野純一:「え!?こ、これから一緒に観るってことですか?」 川口美奈:「はい、ぜひ。駄目ですか?」 0: 0: 前野純一(M):川口さんと初めて出会ったのは、半年前のことだった。 前野純一(M):仕事の転勤で引っ越してきたこのマンション。僕の部屋は角部屋だった。礼儀として、隣の住民に挨拶はした方が良いかと思い、デパートで買ったクッキーを持って、挨拶に行った。挨拶をするお隣さんは一軒だけのため、やや高めのクッキーを買っていた。 前野純一(M):玄関口に現れた川口さんの第一印象は「野暮ったい人」だった。 前野純一(M):仕事帰り直後なのか、服装こそビジネスカジュアルだったが、地味で薄いメイク、セミロングの髪を後ろで束ねただけのしゃれっ気のない髪型。おそらく僕と同年代くらいと思われたが、飾り気のない見た目のせいで、実年齢より幼く見られそうだ、と思った。 0: 0: 川口美奈:「ねぇ、初対面の時、私どんな印象でしたか?」 前野純一:「え?」 前野純一(M):川口さんはDVDプレイヤーに、僕が持ってきたDVDをセットしながら、何気なく聞いてきた。まるで、思考を読まれたようでドキリとした。 川口美奈:「地味で野暮ったい、コミュニケーションが下手そうな子だなって思いました?」 前野純一:「え…と、うん、七割がた合ってますね」 川口美奈:「…あははは。前野さんってば、失礼ですね~(笑)」 前野純一:「あくまで第一印象ですからね。第一印象と実際の川口さんとは違いますよ」 川口美奈:「ふふふ、前野さんってそういうとこ、変に真面目ですよね」 前野純一:「真面目じゃないですよ。理屈屋で面倒な奴なんですよ」 川口美奈:「あ~。その返答がもう『面倒な奴』ですよね」 前野純一:「失礼ですね(笑)」 川口美奈:「お互い様です。…はい、準備できました。それじゃ再生していいですか?」 前野純一:「あの、ホントにいいんですか?この作品、言っちゃ何ですけど、ハリウッド映画とかに比べたら、退屈で眠いですよ?」 川口美奈:「そんな退屈な映画が大好きな、理屈屋で面倒な前野さんに解説してもらえれば、多少は眠気もなくなるんじゃないですか?」 前野純一:「ちなみに、二時間半ありますからね」 川口美奈:「大丈夫です。つまらなかったら、ちゃんと言いますし、安心して下さい」 前野純一:「何の安心ですか(笑)」 0: 0: 前野純一(M):あの初対面から約三ヶ月、僕と川口さんの交流は一切なかった。アパートの隣の住人というだけの関係なんだ。当たり前と言えば、当たり前だ。 前野純一(M):その関係に変化が起こったのは、会社帰りに単館系のマイナー映画を見て、夜10時頃に帰宅した時だった。 川口美奈:「あれ、映画ご覧になるんですか?」 前野純一(M):アパートの前で、突然川口さんの方から声をかけられた。 前野純一:「え…?あ、はい…えっと」 川口美奈:「手に持ってるそれ。映画のパンフレットですよね」 前野純一(M):川口さんは、僕が持ってる映画館のロゴが入った手提げを目線で示しながら聞いてきた。 川口美奈:「私も、映画好きなんですよね」 前野純一:「あぁ…そうなんですか」 0: 0: 川口美奈:「あの時はまさか前野さんがこんな小難しい映画が好きな人だとは思わなかったです」 前野純一:「僕も、川口さんがこんな小難しい映画に興味を持ってくれるなんて、思わなかったですよ」 川口美奈:「そうなんですよねぇ。自分でも意外でした。あの日から何回か外で会って、色々お勧めの映画教えてくれたじゃないですか。そしたら、だんだん興味持ってきちゃったんですよねぇ」 前野純一(M):こんなこと初めてだった。自分の趣味は人と少し違っていて、理解を示してくれる人なんて、身近にはいないと思っていた。 川口美奈:「あぁ、興味持ったって…前野さんに、って意味ですよ?」 前野純一:「…え?」 川口美奈:「映画始まりますね。ほら、解説して下さいよ」 0: 前野純一(M):DVDが再生され、川口さんの家のテレビに僕の大好きな映画が上映され始める。仕事に疲れた会社員の女性が主人公の、ドイツ映画だ。主人公は野生の狼に恋愛感情を抱き、家に連れ帰り共同生活をするという内容だった。 前野純一(M):主人公がなぜそんな感情を持ったのか、狼との出会いをなぜカットの切り返しではなく、俯瞰のロングショットで撮っているのか、僕はできる限り丁寧に、でも少し熱っぽく話した。 前野純一(M):まるで、僕自身を川口さんに理解してもらおうとするように。 前野純一(M):あぁ…きっと僕は嬉しいんだ。こんな僕の趣味に興味を持ってくれたことに。そして、そんな川口さんに惹かれていることを、同時に感じていた。 0: 川口美奈:「…終わりましたね」 前野純一:「はい。終わりましたね」 川口美奈:「意外と二時間半って、あっという間だったな。体感、もっと短かった気がします」 前野純一:「そうですか?中盤の警察署のシーンとか、わりとダラダラしてて、間延びしてるように感じませんでしたか?」 川口美奈:「そうやって、自分の好きな映画にケチつけて予防線張りたくなる気持ち、わかるなぁ~」 前野純一:「(苦笑して)で、どうだったんですか?楽しめましたか?」 川口美奈:「う~ん。楽しいか楽しくないか、よくわからなかった、ということがわかりました」 前野純一:「なに、それ(笑)」 川口美奈:「だって、ホントにそう思ったんだもん」 前野純一:「(二人同時に苦笑)あははは」 川口美奈:「(二人同時に苦笑)ふふふふ」 0: 前野純一(M):居心地の良いやり取り。この時間が、もっと続けばいいのに。僕は、そう願った。 0: 川口美奈:「前野さんのことも、そう。まだ、よくわからないことだらけ。だから…もっと知りたいな」 前野純一:「待って下さい。……僕から、言わせて」 0: 前野純一(M):この気持ちは、自分から伝えるべきだと、そう思った。 0: 前野純一:「僕も…川口さんのことが、もっと知りたい。……だから」 川口美奈:「(遮って)待って。その前に…一つだけ言っておきたいことがあるの」 前野純一:「え…?」 川口美奈:「私は前野さんのことがもっと知りたい。そして、前野さんも私に対して、同じ気持ちになってくれてる、ってことで…いいですよね?」 前野純一:「う、うん。そう、だと思うけど」 川口美奈:「じゃあ、これから私がする話も、私を知ることだと思って、よく聞いてくれる?」 0: 前野純一(M):川口さんは、泣きそうな表情で、言葉を続けた。 0: 川口美奈:「私ね……風俗嬢やってるんだ」 前野純一:「……え?」 0: 前野純一(M):川口さんは、ポツリポツリと、自分の言葉を確かめるようにしながら、話し出した。 川口美奈:「私の仕事の話、ちゃんとしてなかったよね。スーパーでパートしてるのは言ってたけど、それだけじゃこのマンション住めないよ。 川口美奈:考えてみたら、そっちの仕事の方は結構長く勤めてるんだよね。今月で、ちょうど二年になるかなぁ。最初は当然、嫌々だったんだよね。 川口美奈:当時、付き合ってた彼が借金しててさ。どうしても利子が返せなくなっちゃって、それで仕方なく。仕事始めて一ヶ月は辛かったよ~?お客さんと別れてホテル出てから、毎回毎回吐きまくってたの。 川口美奈:そんな感じだったから、食欲もなくなっちゃって。 川口美奈:最低の顔色で、あるお客さんのとこ行ったらさ、なんか親身になって相談に乗ってもらったんだよね。結局、その人は私の体には触れないで、お金だけ払って私を帰してくれたの。 川口美奈:その時、思ったんだよね。『あぁ、私、憐れまれたんだなぁ』って。 川口美奈:今までの私の人生、ずっと人から憐れまれてたの。家は貧乏だし、学歴もないし、美人でもないし…。あのお客さんは、私に私の人生を突き付けてきたんだよね。 川口美奈:そしたらさ…なんか無性に風俗の仕事、頑張りたくなっちゃって。 川口美奈:お客さんとベッドの上にいる間だけは、私は可哀そうじゃないって、そう思ったんだよね。 川口美奈:欲望でギラギラした目線を向けられている間だけは、私は私として生きているんだ、って…そんな風に思った。 川口美奈:…ねぇ、聞いてる?」 前野純一:「……う、うん」 川口美奈:「まだ、話していいかな?それとも…」 0: 前野純一(M):川口さんは、真っすぐに僕の目を見つめていた。 0: 川口美奈:「それとも…もう、やめとく?」 0: 前野純一(M):川口さんの目は、すでに僕の答えを知っているようだった。 0: 川口美奈(M):前野さんが帰った後、私は自分で作ったクッキーをつまみながら、あの日のことを思い出していた。 川口美奈(M):マイナー映画のパンフレットを手提げに入れ、自分の部屋の玄関を開けようとしていた前野さん。咄嗟に私は「映画は好きだが、マイナー映画は見たことがない女の子」を演じようと決めた。 川口美奈(M):その方がきっと、彼が喜ぶと思ったのだ。 川口美奈(M):その後、少し話してみて私は確信した。この人は、私と似ていると。自分に興味を持って欲しい、理解して欲しいと、強く願っている人だと。 川口美奈(M):本当は私も、彼と同じくらい、マイナー映画が好きなのだ。彼が今日持ってきてくれたDVDも実は自分で持っている。好きな映画が同じだということも、私には嬉しかった。 川口美奈(M):しかし、私はそんな態度を決して垣間見せることなく、無知で、無教養で、純朴な女の子に徹しようと思った。 川口美奈(M):その方が、彼が喜ぶと思ったから。 川口美奈:「あ~あ、その時点で、間違っちゃったんだなぁ」 川口美奈(M):甘いクッキーの味が口内に広がる。 川口美奈(M):前野さんが惹かれていた私は、きっと私じゃない。 川口美奈:「それにしたってさ、話くらい…ちゃんと聞いてくれたって、いいじゃん…。少しは…本当の私も、見てほしかったなぁ」 0:川口美奈の頬、一筋の涙が流れる。 川口美奈:「あれ…。何か久しぶりだな…泣くの。 川口美奈:(涙を拭って)あ~あ、やだやだ。男って、ホント…くだらない」