台本概要
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タイトル | ゆうかい |
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作者名 | 柿間朱夏 (@syuka_kakima) |
ジャンル | その他 |
演者人数 | 2人用台本(男1、女1) |
時間 | 40 分 |
台本使用規定 | 非商用利用時は連絡不要 |
説明 |
古びた倉庫に2人の男女。 どうやら少女は誘拐されたようだ。 物語が進むにつれ、二人の関係が明らかになってゆく。 長丁場サシ台本です。飽きないように、喜怒哀楽すべてのシーンを詰め込んでます。 ご利用の際には作者をメンション(@syuka_kakima)してツイートしてくれると大変嬉しいです。 713 views |
キャラ説明
名前 | 性別 | 台詞数 | 説明 |
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犯人 | 男 | 201 | 誘拐犯。人は良さそうだが頭は悪そう。 |
娘 | 女 | 195 | 女子高校生。斜に構えた印象。 |
※役をクリックするとセリフに色が付きます。
台本本編
0:今は使われていない古びた倉庫に、二人の男女がいる。
0:男は二十代半ば。紙を見ながら何やらブツブツ言っている。
0:女は学生服姿。後ろ手に縛られたまま椅子に座らされており、退屈そうに男を眺めている。
犯人:「お前の娘は預かった」
犯人:……なんか違うな、もっと低く…
犯人:ドスを効かせないと。ん!ん!(咳払い)
犯人:「(できる限り低音で)お前の娘は俺が預かった」
犯人:こんな感じか……。
犯人:「お前の娘は俺が預かった。返して欲しかったら」
犯人:……欲しかったら…いくらにしよう。
犯人:五百…いや三百、いややっぱり五百万円!用意しろ!
犯人:えーと、それから何言えばいいんだっけ……?
犯人:あー!ちきしょう!言うこと考えるのめんどくせえなあ!
犯人:どっかに台本落ちてねえのかよ!
娘:(大きくあくびをしてから)ねぇ、まだ?
娘:てか、さっきからずっと何やってんの?
犯人:練習だよ練習!
娘:練習?そういうのって練習するもんなの?
犯人:知らねえよ!俺だって初めてするんだから!
娘:やーねえ、初心者丸出し。だっさー。
犯人:初心者って……
犯人:こういうのにベテランとかねーだろ!
娘:うちのパパにお金要求するんだったら、
娘:五百万じゃ安いんじゃないの?
犯人:え、そうかな。
娘:っていうか五百万程度で犯罪者になるって
娘:スケールちっちゃくない?
犯人:男にちっちゃいとか言うなよ!
犯人:俺はこう見えてナイーブな一面を持ってるんだぞ!
娘:そんなのどーでもいいってば。
娘:ねぇどうせならさ、景気よく、一本どーんといこうよ。
犯人:一本てなんだよ、まさか一千万か!?
娘:いーちーおーく!言っちゃえ言っちゃえ!
娘:言っちゃえオッサン!
犯人:「やっちゃえ日産」みたいに言うなよ!
犯人:い、一億って…一億…ウォン?
娘:なんでよ。そこは円に決まってんでしょ。
犯人:いいい一億円!?
娘:なんならドルでもいいよ?
犯人:いや、そんなにいいのかよ!
娘:知らなーい。いいんじゃないの?
犯人:知らないってお前…、
犯人:仮にも自分の家の金だぞ?
娘:私に関係ないもーん。
犯人:関係なくはねえだろ!
犯人:お小遣いとか減っちゃうかもしれねえぞ?
娘:とりあえず、早く電話かけないと警察に連絡されちゃうかもしれないよ?
娘:私いつも帰ってくる時間同じだから。
娘:そろそろ心配されてるかも。
犯人:そ、そうか。警察に連絡されたらやばいからな。
犯人:あっ!そうだ。警察には言うなっていうのも言わなきゃな。
犯人:えーと、け、い、さ、つ、に、は……っと
娘:いちいちメモるようなこと?
娘:それくらい覚えられるでしょ。
犯人:うるせえな、テンパったら言い忘れるかもしれねえだろ!
娘:はいはい。
犯人:(大きく二回深呼吸する)よし。
犯人:かけるぞ……。
娘:くれぐれもトチんないようにね?
犯人:おう……。
0:呼出音
犯人:…あっ、もしもし!あのこちら、たか、
犯人:あっ!えっとすいません!間違えました!
0:終話ボタンを押す音
犯人:ぶはあー!あぶねえー!
娘:何やってんの?
犯人:いや、思わず名乗りそうになっちまった……。
娘:ばかじゃん。
犯人:(独り言)始まりはどうやったらいいんだろうな……。
犯人:「もしもし」って言っちゃうとなんかあれだな、次の言葉が言いにくいんだよな……。
犯人:なんかいい切り出し方ねえかな……。
娘:っていうか、ちゃんと非通知でかけた?
犯人:そこは大丈夫だ!抜かりはない!
娘:抜かりまくってそうで、見てるこっちが怖いよ。
犯人:なんでだよ、別にお前が怖がる必要ねえだろ。
娘:うるさいな、言葉の綾(あや)よ。
犯人:(大きく深呼吸を一回する)よし、今度こそ掛けるぞ……。
0:呼出音
犯人:あっもしもし!はい、さっきのものです!
娘:なんで出だしから低姿勢でいくかな。
娘:結局「もしもし」言っちゃってるし。
犯人:あのですね、えー、お宅の娘さんを預かってるんですけれども……
犯人:あ、いや、そういう…そういうやつじゃなくてですね!
犯人:あの誘拐です……誘拐です!
犯人:……いやだから、ゆ、う、か、い!
犯人:身代金をもらうアレです!
犯人:……え?いやそうじゃなくて……。
娘:一旦仕切り直した方が良くない?
犯人:えっ、そうかな……。
犯人:あ、いや、こちらの話です。
犯人:えと、すいません、一度切りますね!
犯人:またすぐ折り返します!
0:終話ボタンを押す音
犯人:ぶはぁー!緊張したー!
娘:どこの営業マンかと思ったよ。
犯人:うるせえな!てか人が話してる時に横からチャチャ入れてくんじゃねえよ!
犯人:言うこと飛んじまうだろうが!
娘:折り返さなくていいの?営業マンさん。
犯人:あっ!そうだな!待たせたら悪いもんな!
娘:まだほぼ話進んでないからね?頑張んなさいよ。
犯人:おう!ありがとな!
犯人:…ってなんでお前に励まされるんだよ。
娘:なんか見てたら応援したくなっちゃって。
犯人:(嬉しそうに)え?そう?こう見えて母性本能くすぐるタイプだったんだな、俺。
娘:あー。そういうの本人が言うと冷めるからやめた方がいいよ。
犯人:お前なあ!上げたり下げたりして、人の気持ちを弄ぶんじゃねえよ!
娘:ねえ、私が練習相手になってあげよっか。
犯人:はあ?なんで。
娘:実際に声出した方が練習になるって。演技の基本だよ。
犯人:そ、それもそうか……。よし、じゃあ頼むぜ。
娘:まかされよう。
犯人:(口で)ぷるるるるる、ぷるるるるる。
娘:……。
犯人:(怒ったように)ぷるるるる!
娘:……。
犯人:おい、ぷるるるるって言ってんだろうが!はよ電話出ろや!
娘:分かってないなー。
娘:呼出音を聞いてる間に、言うことを頭に思い浮かべる時間を与えてあげてるんでしょ?
犯人:な、なるほど……。
娘:まあいいや。「はい、もしもし?」
犯人:「あっ!あの、お宅の娘を預かってます!」
娘:はいダメー。
犯人:くそぉ!
娘:敬語使っちゃダメだってば。バカなの?
犯人:ちょっとそこ飛ばしてくれよ。苦手なんだよ。
娘:いや苦手だからこそ練習しなよ。
犯人:大丈夫だよ、俺は本番に強いタイプだから!その先を言いたいんだよ!
娘:さんざん失敗しといてどの口が言ってんの?
娘:はぁ…まあいいや。じゃあ先進んで。
犯人:「娘を返して欲しかったら五百万円用意しろ!」
娘:「(怯えて)ご、五百万……ですか?」
犯人:あ…た、高い、ですか?
娘:は?
犯人:やっぱり三百万にした方がいいですよね
娘:(ため息)オジサン、犯罪に向いてないわ。
犯人:そんな事言うなよ!こちとら一生懸命やってんだよ!
娘:だって人の良さが、もう前面に押し出されちゃってるもん。
犯人:(まんざらでもなさそうに)え、そう?にじみ出ちゃってんのかなぁ。
犯人:そういや周りに「お前は頭悪いけど性格はいいよな」ってよく褒められてるからなぁ。
娘:それを褒め言葉と受け取れるって、ほんと脳内お花畑だよね。
犯人:なんだと!?
娘:こりゃ練習しても意味ないや。はあ。もういいから早く電話掛けなよ。
犯人:言われなくても掛けるよ!ったく!
犯人:よし、このイラついた気持ちのまんまで掛けるぞ!いい感じでいけそうだ!
0:呼出音
犯人:(ガラ悪く巻き舌気味に)おう、もしもし!おうワシや!犯人じゃけえ!
娘:キャラ変しすぎでしょ、誰だよ。
犯人:誘拐が嘘じゃねえ証拠に、今から娘の声を聞かせてやんぜ。……おい、話せ。
娘:もしもし?…あ、タナカさん?
娘:ちょうどよかったー。ちょっとお願いがあるんだけどさ、今日の夜九時からのドラマさー。うん、日テレのやつ。そうそうそれ。
娘:録画予約するの忘れちゃったからさー、やっといてくんないかな?
犯人:おい?何の話してんだお前?
娘:いや、それまでに帰れれば自分でやるんだけど、間に合わないかもしれないからさー。
娘:タナカさんやっといてよ。
娘:……え?やり方わかんない?えーもう、じゃあ今近くにテレビのリモコンある?
0:終話ボタンを押す音
犯人:このばかー!
娘:ちょっと!何すんのよ!
犯人:うるせえ!お前なあ!もうちょっと怖がった声を出せよ、バカヤロウ!
娘:イキナリ電話切らないでよ!
娘:まだ話の途中だったのに!
犯人:「話の途中だったのにぃ」じゃねえよ!何の話してんだよ、ドラマの録画なんかどうでもいいわ!
娘:どうでも良くないよ!今めっちゃ盛り上がってるとこで、今夜ついに黒幕の正体が分かりそうなんだから!
犯人:んなこと知るか!
犯人:お前この状況分かってんのか?
犯人:あとタナカって誰だよ!
娘:うちのお手伝いさんよ!
犯人:お、お手伝いさんだあ!?
犯人:じゃあ、さっき俺が話してたのは、お、親父じゃねえのか?
娘:パパがこんな時間に家に帰って来てるわけないじゃん。
犯人:ぐぐぐ……なんてこった……。
犯人:どおりで声がやたら、じいちゃんみたいだったんだな……。
娘:タナカさん、もう還暦とっくに過ぎてるからねぇ。
犯人:なんでそんなじいさん雇ってんだよ!
犯人:フツー家政婦って女だろうが!
娘:すーっごく料理上手なの。
娘:それに、現役の頃は大金持ちの家で執事をしてたみたいだよ。
犯人:なるほど、タナカさん有能!じゃねえわ!
犯人:くそ!せっかく話が進んだと思ったのに、またやり直しじゃねえかよ!
娘:やり直さなくていいじゃん。タナカさん、ちゃんとパパに伝えると思うよ?
犯人:え、そうかな。
娘:うん。なんならオジサンがパパに直接言うより信じてもらえるんじゃない?
犯人:そっかー!それなら良かった!
娘:良かったね、オジサン。
犯人:……おい、さっきからオジサンオジサンって、お前なあ!俺はまだ26だぞ!
娘:私から見たら26歳は普通にオジサンですけど。
犯人:ちきしょう、花の十六歳め!ねたましい!
娘:ごめんねーピチピチしてて
犯人:てゆーかこれ何の話してんだよ!えーと…、
犯人:あ、そうだった!お前なあ!ちゃんと怖がれよ!俺の話が嘘みたいに思われるだろうが!
娘:ねえ、それが人にものを頼む態度?
犯人:は?
娘:怖がってください。お願いします。でしょ。
犯人:えっ、いや、何言ってんの?
娘:私は別にいいんだよ?何にも困らないから。
犯人:困らないって、そんなことあるわけねえだろ!誘拐されてんだぞ、お前は!
娘:知ってるよ。それを分かった上で、困らないって言ってるの。
犯人:(トーンを落として)てめえ、俺をおちょくるのもいい加減にしろよ。優しくしてればつけあがりやがって。
娘:うわー、ベタなセリフ。
娘:ほんとに言うんだ、そういうの。
犯人:(小さく)この…!
0:ビンタ音が響く。
0:ここから雰囲気をシリアスに。
娘:いったぁ……。
犯人:少しは自分の立場が分かったか。
娘:女の子に手を上げるなんてサイテー。
犯人:お前が生意気だからだよ。
犯人:どうだ、怖がる気になったか?
娘:……どうせ。
犯人:あ?
娘:どうせ私が怖がったところで、意味なんかないよ。
犯人:……どういう意味だよ。
娘:パパは私の事なんか、どうでもいいんだから。
犯人:そんな親がいるわけねぇだろ!
娘:居るんだなー、それが。
犯人:……。
娘:小さい時からずーっと。パパは私に興味を示したことがないの。
娘:ピアノの発表会にも来ない。
娘:もちろん父兄参観にも来ない。
娘:卒業式にも、入学式にも参列しない。
娘:誕生日にはプレゼントどころか、帰ってさえ来ない。……愛されてないの。
犯人:……さすがにプレゼントは貰ってるだろ?
娘:記憶にございません。
犯人:誕生日じゃないとしても、ほら、入学祝いとか、クリスマスとか……。
娘:(嘲笑しながら)なにそれ、おいしいの?
犯人:そんなまさか、だって、
娘:(被せて)まさかそんな親がいるわけないって?いますよ?そんな親に育てられた子が!今!あなたの目の前に!
犯人:……うそだろ?一度も?
娘:あ、そういう同情とか要らないんで。
犯人:べ、別に同情なんざしてねえよ!
娘:まあね。普通なら……
娘:血の繋がった親子なら、もしかしたら……
娘:ありえないのかもね。
犯人:……え?今なんて?
娘:私、養子だもん。貰われっ子なの。
犯人:はあ!?
娘:オジサン……、もしかしてうちの内部事情を調べもせずに私を誘拐したの?
犯人:そ、それは……。
娘:大体さ、なんで私を狙ったの?
娘:確かにうちは普通よりちょっとは裕福だと思うけど、誘拐されるほど大金持ちじゃないし。
犯人:いや、その。
娘:てか、お金目的じゃないんだよね?
娘:さっきも三百万とか言ってたくらいだし。
犯人:え?いや、それは、
娘:パパになんかされた?恨みでもあるの?
娘:家族を殺されたとか?
犯人:う、うるせえな!
犯人:次から次に矢継ぎ早に質問すんじゃねえよ!大体、なんでお前に俺の話をしなきゃいけねえんだよ!
娘:(ため息)それもそっか。じゃあいいよ。暇だし、私が自分の話をしてあげる。
犯人:勝手にしろ!
娘:……私の本当の両親はね、事故で死んだらしいよ。まあ、嘘かもしれないけど…。今更どうでもいいけどね。
娘:んで、私に親戚は一人もいなかったらしくてね、私は施設に預けられたの。
娘:私の一番古い記憶は、施設の職員のおばさんに棒で叩かれながら、暗くて狭い部屋で叱られていたこと。
犯人:……。
娘:今の家に来たのは、私が小学校一年生の時だよ。正直パパがなんで私を引き取ったのか、全く分からない。
娘:私になーんの興味も、関心も示さず、ただ家にいる時に一緒に過ごすだけ。
娘:必要最低限の会話はあるけど、そこに感情はない。まるでハリボテの家族。……そんな感じ。
犯人:……母親は?
娘:いないよ。
娘:死んだのか出てったのか知らないけど。
娘:どうせパパに聞いても教えてくれないだろうから聞いたこともない。
犯人:(独り言)思ってたのと全然ちがうじゃねえかよ……。
娘:まあ多分、奥さんに愛想つかされて出ていかれたっぽいけどね。
犯人:……なんでそう思うんだ?
娘:うちには、いつもは鍵が掛かってるパパの書斎があってね。
娘:ある日、鍵を閉め忘れたのか、その書斎が開いてたことがあってさ。
娘:面白そうだから忍び込んでみたんだ。
犯人:それで?
娘:明らかに人目を避けた場所に、怪しげなファイルがずらーっと並んでてさ。
娘:中を見てみたら、どうやら誰かの消息を調べているみたいだったの。
犯人:誰かって……元嫁じゃねえのか?
娘:やっぱり普通はそう思うよねぇ。
犯人:違ったのか。
娘:うん。探してたのは……若い男だった。
犯人:若い……男?
娘:そう。二十代半ばの男を探してたの。
犯人:……見つかったのか?
娘:ぜーんぜん。
娘:手がかりさえ見つかんないみたいだよ。
娘:なんせその男の母親の名前以外、なんにも情報ないみたいだもん。
娘:そりゃ無理に決まってるよ。
犯人:なんでその男を探してるんだ?
娘:……(意味ありげに)んー?
犯人:理由を知ってるのか?
娘:……息子。
犯人:え?
娘:息子。なんだってさ。実の。
犯人:実の…息子……?
娘:詳しい経緯(いきさつ)は資料に書かれてなかったから分からないけど。
娘:まあ多分、奥さんに息子を取られちゃって、その子のことだけ取り返したいんじゃないの?
犯人:……。
娘:つまり私は、可愛い息子さんが見つかるまでの繋ぎなわけよ。
娘:もしくは見つからなかった時の保険?
娘:あはは…そりゃ愛されるわけないでしょ。
犯人:……お前……。
娘:ちょっと。さっきも言ったでしょ。
娘:同情なんてされたくないの。
娘:……やめてよ、そんな目で見るの。
娘:私はこの生活に満足してるんだから。
犯人:満足だと?
娘:そうよ。何をしても褒められない代わりに、何をしても怒られないの。
娘:それに、お小遣いは無制限!
娘:欲しい物はなんでも手に入る。
娘:最新のスマホも!限定のブランドバッグも!
娘:こんないい暮らし、他にある?
犯人:……そんなの、空しいだけじゃねえかよ。
娘:空しい?私が?バカにしないで!
娘:私はねぇ、幸せなの!
娘:あんたみたいな貧乏人は、こんな犯罪を犯さなきゃ生きていけないんでしょ?
犯人:なんだと?
娘:そんな底辺の人間に、なんで私が同情されなきゃいけないわけ?……ふざけんなよ!
犯人:それでも俺は、親の……母親からの愛は知っている。
娘:はあ?愛?なにそれ!くっだらない!
娘:そんなものが一体何になるのよ!
娘:いくらで売れるの?ねえ教えてよ!
犯人:売れないし、買えないんだよ。
犯人:それが愛だ。この世で一番尊いのは、親が子に抱く、無償の愛だと俺は思ってるよ。
娘:(鼻で笑う)ほんとオジサン、ベタなセリフ好きだねえ。
娘:なにそれ。三流の昼ドラみたい。
娘:だっさ。くっさ。ドリアンかよ。
犯人:何をしても怒られないのが幸せ?
犯人:……違うだろ、お前は怒って欲しかったはずだ。
娘:……。
犯人:自分が間違ったことをした時、正しい方向に導いて欲しかったはずだ。
犯人:自分を見て欲しかったはずだ!
娘:知ったふうなこと言わないで!
犯人:欲しい物はなんでも買えるだと?
犯人:いいや違うね!お前が本当に欲しいのは、父親からの愛だろ?違うか?
娘:うるさい…うるさいうるさいうるさい!
娘:あんたに何が分かるのよ!
犯人:分かるよ!
娘:なんでよ!
犯人:……俺は、父親に捨てられたんだ。
娘:……!
犯人:お前と違って、母親は居たけどな。
犯人:俺と母さんを捨てて、クソオヤジは出ていった。
犯人:一人になった母さんは、まだ赤ん坊の俺を育てるために朝から晩まで働いて……無理をしすぎたんだろうな……。
犯人:体の免疫力が下がり過ぎていたせいか、ただの風邪でぽっくり逝っちまったよ。
娘:……オジサンが何歳の時?
犯人:ちょうどお前と逆だ。
犯人:俺が小学一年の時に母さんが死んで、身寄りのない俺は施設に入ったんだよ。
娘:施設……。やな奴ばっかだったでしょ。
犯人:まあ、そう、だな…。
犯人:やな奴の方が多かったかな。
犯人:でも職員の人達は優しかったぜ。
娘:へー。運が良かったんだね。
犯人:中学を卒業するまでは世話になったよ。
娘:高校には進学しなかったの?
犯人:行けるわけねえだろ。
犯人:学費払うくらいなら飯代に充(あ)てるし、学校行く時間があるなら働くわ。
娘:悲惨だね。
犯人:そうかもな。
犯人:……俺はずっと、父親を恨んで生きてきた。
犯人:会って、ボコボコにぶん殴ってやりたかった。
犯人:なんで俺たちを捨てたのか、問い詰めたかった。
犯人:お前が消えたせいで俺はこんだけ苦労したんだって、責め立てたかった。
娘:「したかった」……てことは、してないってこと?
娘:なんでしなかったの?
犯人:しなかったんじゃない、できなかったんだよ。
犯人:どこの誰が父親なのか、分からなかったから。
犯人:母さんはシングルマザーとして俺を産んだから、戸籍にもどこにも、父親の情報は残ってなかったんだよ。
犯人:いわゆる私生児(しせいじ)って奴だ。
娘:ほんとに……悲惨だね。
犯人:まあでも便利な世の中だからな。
犯人:本気で探そうとすれば意外と見つかるもんだ!
娘:見つけたんだ?
犯人:ああ。悠々自適に暮らしてやがった。
娘:それで?見つけてどうしたの?
娘:会いに行った?
犯人:いや……、まだ……。
娘:ビビってるんだ。
犯人:そうじゃねえよ!
犯人:でも、いきなり会いにこられても迷惑かもしれないし、新しい家族もいるみたいだったし……。
娘:呆れた。オジサン、お人好しだね。
犯人:だ、だから!とりあえず、身辺を探ってみようかと思って、近所でバイトしながら様子を見ることにしたんだよ。
娘:それもうただのストーカーじゃん。
娘:お父さん大好きっ子じゃん。
犯人:ちげえよ!
犯人:お、俺は、復讐するための計画をたてようとしてだな……。
娘:へえー。どんな?
犯人:だからぁ!まずは大事な娘を誘拐して、
犯人:あっ!(慌てて口を両手で塞ぐ)
娘:え?
犯人:(鼻歌でごまかす)ふ、ふふ〜んふんふ〜ん。
娘:ちょっと待って。
犯人:(必死に鼻歌)ふふんふんふ〜ん!
娘:オジサンの父親って、まさか私のパパなの!?
犯人:いやちがうよー?全然ちがうけどー?
犯人:あははは、やだなーもう何言っちゃってんのー?
娘:それで誤魔化せると本気で思ってるなら、表彰もんの馬鹿よ。諦めなさい。
犯人:うわあああ!やっちまったぁ!
犯人:うう、ちきしょう……。ここまできて……。
娘:え?ちょっと待ってよ。
娘:てことは?パパが探してたのって……
娘:もしかして……、オジサンのこと?
犯人:それは知らねえよ。
娘:お母さんの名前なに?
犯人:ともこ……。
娘:高橋ともこ?
犯人:おう。
娘:ビンゴじゃん……。
犯人:みたいだな……。
娘:……。(色々思考を巡らす)
犯人:……。(考えたいけど思考が追いつかない)
娘:そっか……。そういう事か……。
犯人:そういう事ってどういう事だよ。
娘:これは私の勝手な想像だけど。パパは多分、オジサンとお母さん、捨てたわけじゃないと思うよ。
犯人:なんでそんなことが分かるんだよ。
娘:だって、捜索資料、ざっと十年分くらい有ったから。
娘:自分から捨てたならそんなことする訳ないでしょ。
犯人:……。
娘:(独り言)十年…そうか……。
犯人:……だからって、俺たちを捨ててないことの証明にはならないだろ。
犯人:途中で気が変わっただけかもしれねえじゃねえか!
犯人:そもそもアイツは俺を認知しなかったんだぞ?
犯人:それどころか、養育費すら払わなかったんだ、ただの一度も!父親のくせに!
娘:(あえて棒読みで)「しなかったんじゃない、できなかったんだよ」
犯人:…は?
娘:さっきオジサン言ったじゃん。「分からなかったから出来なかった」って。
犯人:言った…けど?それがなんだよ。
娘:オジサンのお母さんって、妊娠してること、ちゃんとパパに教えたのかな。
犯人:そ、そんなの当たり前だろ!
娘:(そんなの、辺りからすぐ被せて)もしかしたら。パパと別れた後に妊娠が発覚したのかもしれないよね。
犯人:そ、そうかもしれないけど、だとしても普通妊娠したって相手に言うだろ!
娘:オジサンのお母さんって身寄りがなかったんだよね?
娘:だから施設に入れられたって言ったよね?
犯人:お、おう……。
娘:てことは、言っちゃ悪いけど、きっと家柄もあまり良くなかったんだよね?
犯人:親戚なんざ会ったこともねえから、そんなの知らねえよ!
犯人:つかそれが何か関係あんのかよ!
娘:パパの家は、代々続く医者家系。
娘:今もおじいさんが理事長をしてる大病院で、パパは院長をつとめてる。
犯人:……知ってるよ。
娘:お婆さんには一回しか会ったことないけど、すっごく厳しそうだった。
娘:多分あの人の血、緑色だよ。
犯人:緑って…。
娘:だって私を見る目、まるでゴキブリでも見てるみたいだったもん。
犯人:……。
娘:あのお婆さんが、パパの結婚相手としてオジサンのお母さんを認めるとは到底思えない。
娘:きっとあの手この手を使って引き裂こうとしたんだろうね。
娘:(独り言)あーなるほど、そうか……。だからパパ、あんなにお婆さんと険悪なんだ……。やっと謎が解けた。
犯人:だとしても、アイツが最終的には母さんを捨てた事に変わりねえだろうが!
娘:違うよ。オジサンのお母さ、
娘:ああもう長ったるいな。
娘:ともこさんが、自分から身を引いたのよ。
娘:多分、パパに何の相談もせずに。
犯人:……。
娘:じゃなきゃ、十年以上も探し続けるわけないじゃない。
犯人:それは……。
娘:ズルいなあ、ともこさん。残された人の気持ち、全然考えなかったんだね。
犯人:そう…かもな……。
娘:……でも、強いよね。
犯人:ああ。……いつも汗だくになって夜遅くまで働いてたよ。
犯人:泣き言なんざ一度も聞いた事がねえ。
娘:パパ、きっと最初はともこさんを探してたんだと思う。
娘:でも自分から隠れてしまった相手を見つけるのって、すごく大変でしょ?
娘:だから多分、見つかった時にはもう、ともこさん…亡くなってたんじゃないかな。
犯人:……。
娘:それで初めてオジサンの存在を知って。
娘:それからずっと……今も、探し続けてるんだよ。
犯人:そんな…だって、そんな……。
犯人:俺は、ずっと父親を憎んで……恨んで生きてきたんだぞ?
犯人:復讐することが俺の生きる目標だったんだぞ?
犯人:その為だけに生きてきたのに……、
犯人:今更そんなこと急に言われても……俺は…。
犯人:(言葉にならず葛藤(かっとう)する)
娘:(しばらく間を空けて)……私さ。ずっと不思議だったんだ。
犯人:……なにがだよ。
娘:なんでパパは女の私を養子にしたのかなーって。
犯人:なんでって……。
娘:だってさ、普通跡取りは息子じゃん?
娘:娘はお嫁に行っちゃうし。
犯人:……それは、婿養子とかってこともあるじゃねえか。
娘:いやいや……。
娘:確かにね、息子を授からなかったんなら、仕方なくそういう選択肢もあるかもしれないよ?
娘:でもさ、養子だよ?
娘:性別は自分の意思で決められるんだよ?
犯人:う……。
娘:だったら絶対男の子選ぶじゃん。
娘:跡を継がせたいならさ。
犯人:そ、れは……。
娘:継がせる気がない、というより、継がせたくなかったんだよね。きっと。赤の他人には。
犯人:……。
娘:もっと言うと、オジサンに継がせたかったんじゃないのかな。
犯人:俺に?
娘:まあさすがに、今はその気はないと思うよ?
娘:どう見てもオジサン、医者になるにはIQ足りなそうだし。
犯人:うるせえな!
娘:なにより、中卒だし。
犯人:学歴で人を判断してんじゃねえよ!
娘:じゃあ今から大学行って医師免許とるっての?
犯人:そもそも医者になんざなりたかねえよ。
娘:まあとにかくさ。
娘:子どもの頃にオジサンを引き取れてたならまだしも、今となってはパパのその夢も終わってるってわけよ。
犯人:……。
娘:でも私を返品するわけにもいかないし、仕方ないから育ててるんだろうね。
娘:惰性(だせい)の家族ってことか。
娘:そりゃ興味なんか持てるはずないよね。
犯人:お前は……ちゃんと愛されてるよ。
娘:はい、ありがとうございまーす。
娘:さすがベタなセリフがお好きなオジサン。お決まりの慰め文句ですねぇ。
犯人:本当だよ、俺は……ずっと見てたから。
娘:見てた……、なにを?
犯人:お前のためのプレゼントを、アイツが買うところ。
娘:残念だけど、勘違いだよ。
娘:そんなもの受け取ったことないから。
娘:恋人にでも買ってあげてたんじゃないの。
犯人:クリスマスに真っ赤なカバンを買ってた。
犯人:どう見ても若い女向けだったぜ。
娘:やーねえ、どうせなら年相応の人と付き合えばいいのに。
娘:男の人ってほんと若い女が好きなんだね。
犯人:三月十日に、万年筆と腕時計を買ってた。
娘:…イトコに私と同じ歳の子が居るのよ。
娘:その子に入学祝いで贈ったんでしょ。
犯人:五月七日にピンクのワンピースを買ってた。
犯人:お前に似合いそうなヤツだ。
娘:七日……。私の……誕生日に、
娘:他人へのプレゼントとか、サイテーだよね……。
犯人:その帰りに、ケーキ屋に寄ってバースデーケーキを受け取ってた。
娘:……嘘よ。
犯人:プレートの文字は
犯人:「十六歳の誕生日おめでとう。アカリ」。
娘:嘘よ!パパは誕生日に帰ってこなかった!
娘:今まで一度も祝ってもらったことなんかないよ!デタラメ言わないで!
犯人:嘘をついて俺になんのメリットがある?
娘:それは……。
犯人:だから俺は、アイツは俺と母さんを不幸のどん底に落としておきながら、自分だけのうのうと新しい家族とよろしくやってんのかと思ってたんだよ……。
娘:でも、私は本当にプレゼントなんて貰ったことないよ?
犯人:本人に聞くしかねえだろ、んなもん。
娘:本人って……
0:娘のスマホからけたたましい着信音が鳴る
0:犯人が液晶画面に映る名前を見る
犯人:噂をすれば、だな。…ほれ。
0:縛っていた縄を解き、スマホを渡す。
犯人:早く出ろよ、音うるせえから。
娘:う、うん。
0:ピッという操作音
娘:もしも……、
娘:ちょ、落ち着いてパパ!大丈夫だから!
娘:うん、アカリ。……無事だよ。
娘:うん、うん。どこも怪我してないよ。
娘:うん、大丈夫……。
娘:(父親の慌てぶりが嬉しくて泣きだす)
娘:ほんとに、大丈夫だってば……。
娘:違うの、これは、嬉しくて……。
娘:パパが、そんなに私を心配してくれるなんて、思ってなかったから……。
犯人:(独り言)聞くまでもなかったか。
犯人:良かったな。
犯人:しっかし不器用なオヤジだねえ。
犯人:おおかた血の繋がってない娘に情が移るのが怖くて、一生懸命素っ気なくしてたんだろうよ。
犯人:一人でコソコソと、渡せもしないプレゼント買い込んで……。
犯人:(想像して思わず微笑む)
犯人:ほんと、馬鹿じゃねえのか。
娘:え、犯人?えと、それは……。
娘:あの、なんていうか、その……。
犯人:いいよ、言えよ。
犯人:気持ち悪いオジサンに誘拐されたって。
娘:…ほんとはね、誘拐なんかされてないの。
犯人:おい、お前!
娘:ちょっと、パパに心配かけてみたくて…。
犯人:おいって……!
娘:しっ!
娘:……ごめんなさい、もう二度とこんな馬鹿な真似しません。
犯人:なんで……。
娘:あのね、パパに会わせたい人が居るんだ。今回の、共犯者になってくれた人。
犯人:なっ!おま、なにを!
娘:びっくりすると思うよ。
娘:パパがずーっと探してた人だから。
娘:…うん、今から二人で一緒に家に帰るね。
犯人:(小声で)おい!勝手に何言ってんだよ!
娘:……私ね、パパにたくさん話したい事と、聞きたい事があるんだ。
娘:……うん。じゃあ、また後でね。
0:終話ボタンを押す音
犯人:お前……、なんで俺を庇ったんだよ。
犯人:俺は、お前を誘拐したんだぞ!
娘:誘拐……。
娘:うん。確かに「ゆうかい」されたね。
娘:ありがとう。
犯人:は?ありがとう?
娘:今までずーっと、氷みたいに冷たくて、
娘:何も感じなくなってた私の心を、
娘:オジサンが溶かして……、
娘:「融解(ゆうかい)」してくれたんだよ。
犯人:ゆ、ゆうかい?は?
娘:ふふふっ。
犯人:あー!もう!小難しいこと言うなよ!
犯人:学(がく)がねえから分かんねえんだよ!
娘:ふふっ。ねえ、これからはオジサンじゃなくて、お兄ちゃんって呼んであげようか?
犯人:ば、バカ言ってんじゃねえ!
犯人:お前みたいな生意気な妹なんざお断りだ!
娘:やだな。妹じゃないよ。
犯人:はあ?
娘:だって私たち、血は繋がってないじゃん。
犯人:あ、そうか……。
娘:(耳元で)だから、結婚もできるよ?
犯人:けっこ?ばっ!馬鹿か!十年早いわ!
娘:ぶぶー。残念でしたー。18歳で結婚できるから、あと十年も待たなくていいんですー!
犯人:あー!ばーかばーか!18歳からなのは男だけですー!女は16歳で出来るの知らないんですかー?
娘:はーい残念でしたー!2022年4月から法改正が行われて女性も18からに引き上げられてますー!
犯人:ぐっ、そうだった…!不覚!
娘:てゆーか女性の婚姻年齢について何でそんなに詳しいんですかー?
犯人:べ、別に詳しくなんて
娘:もしかしてロリコンなんですかー?キモイんですけどー!
犯人:ろっロリコン?そんなわけないだろうが!俺は峰不二子みたいなお色気お姉さんが好きなんだよ!大体、俺が言いたいのはそういう事じゃなくてだな!
娘:ほら、バカなこと言ってないで早く帰ろうよ、お兄ちゃん!
犯人:おに…!?(嬉しそうに独り言)いやこれ意外とアリだな……
娘:あ、まちがえた。オ、ジ、サン!
犯人:あー、ほんっと可愛げねえヤツだな!
0:今は使われていない古びた倉庫に、二人の男女がいる。
0:男は二十代半ば。紙を見ながら何やらブツブツ言っている。
0:女は学生服姿。後ろ手に縛られたまま椅子に座らされており、退屈そうに男を眺めている。
犯人:「お前の娘は預かった」
犯人:……なんか違うな、もっと低く…
犯人:ドスを効かせないと。ん!ん!(咳払い)
犯人:「(できる限り低音で)お前の娘は俺が預かった」
犯人:こんな感じか……。
犯人:「お前の娘は俺が預かった。返して欲しかったら」
犯人:……欲しかったら…いくらにしよう。
犯人:五百…いや三百、いややっぱり五百万円!用意しろ!
犯人:えーと、それから何言えばいいんだっけ……?
犯人:あー!ちきしょう!言うこと考えるのめんどくせえなあ!
犯人:どっかに台本落ちてねえのかよ!
娘:(大きくあくびをしてから)ねぇ、まだ?
娘:てか、さっきからずっと何やってんの?
犯人:練習だよ練習!
娘:練習?そういうのって練習するもんなの?
犯人:知らねえよ!俺だって初めてするんだから!
娘:やーねえ、初心者丸出し。だっさー。
犯人:初心者って……
犯人:こういうのにベテランとかねーだろ!
娘:うちのパパにお金要求するんだったら、
娘:五百万じゃ安いんじゃないの?
犯人:え、そうかな。
娘:っていうか五百万程度で犯罪者になるって
娘:スケールちっちゃくない?
犯人:男にちっちゃいとか言うなよ!
犯人:俺はこう見えてナイーブな一面を持ってるんだぞ!
娘:そんなのどーでもいいってば。
娘:ねぇどうせならさ、景気よく、一本どーんといこうよ。
犯人:一本てなんだよ、まさか一千万か!?
娘:いーちーおーく!言っちゃえ言っちゃえ!
娘:言っちゃえオッサン!
犯人:「やっちゃえ日産」みたいに言うなよ!
犯人:い、一億って…一億…ウォン?
娘:なんでよ。そこは円に決まってんでしょ。
犯人:いいい一億円!?
娘:なんならドルでもいいよ?
犯人:いや、そんなにいいのかよ!
娘:知らなーい。いいんじゃないの?
犯人:知らないってお前…、
犯人:仮にも自分の家の金だぞ?
娘:私に関係ないもーん。
犯人:関係なくはねえだろ!
犯人:お小遣いとか減っちゃうかもしれねえぞ?
娘:とりあえず、早く電話かけないと警察に連絡されちゃうかもしれないよ?
娘:私いつも帰ってくる時間同じだから。
娘:そろそろ心配されてるかも。
犯人:そ、そうか。警察に連絡されたらやばいからな。
犯人:あっ!そうだ。警察には言うなっていうのも言わなきゃな。
犯人:えーと、け、い、さ、つ、に、は……っと
娘:いちいちメモるようなこと?
娘:それくらい覚えられるでしょ。
犯人:うるせえな、テンパったら言い忘れるかもしれねえだろ!
娘:はいはい。
犯人:(大きく二回深呼吸する)よし。
犯人:かけるぞ……。
娘:くれぐれもトチんないようにね?
犯人:おう……。
0:呼出音
犯人:…あっ、もしもし!あのこちら、たか、
犯人:あっ!えっとすいません!間違えました!
0:終話ボタンを押す音
犯人:ぶはあー!あぶねえー!
娘:何やってんの?
犯人:いや、思わず名乗りそうになっちまった……。
娘:ばかじゃん。
犯人:(独り言)始まりはどうやったらいいんだろうな……。
犯人:「もしもし」って言っちゃうとなんかあれだな、次の言葉が言いにくいんだよな……。
犯人:なんかいい切り出し方ねえかな……。
娘:っていうか、ちゃんと非通知でかけた?
犯人:そこは大丈夫だ!抜かりはない!
娘:抜かりまくってそうで、見てるこっちが怖いよ。
犯人:なんでだよ、別にお前が怖がる必要ねえだろ。
娘:うるさいな、言葉の綾(あや)よ。
犯人:(大きく深呼吸を一回する)よし、今度こそ掛けるぞ……。
0:呼出音
犯人:あっもしもし!はい、さっきのものです!
娘:なんで出だしから低姿勢でいくかな。
娘:結局「もしもし」言っちゃってるし。
犯人:あのですね、えー、お宅の娘さんを預かってるんですけれども……
犯人:あ、いや、そういう…そういうやつじゃなくてですね!
犯人:あの誘拐です……誘拐です!
犯人:……いやだから、ゆ、う、か、い!
犯人:身代金をもらうアレです!
犯人:……え?いやそうじゃなくて……。
娘:一旦仕切り直した方が良くない?
犯人:えっ、そうかな……。
犯人:あ、いや、こちらの話です。
犯人:えと、すいません、一度切りますね!
犯人:またすぐ折り返します!
0:終話ボタンを押す音
犯人:ぶはぁー!緊張したー!
娘:どこの営業マンかと思ったよ。
犯人:うるせえな!てか人が話してる時に横からチャチャ入れてくんじゃねえよ!
犯人:言うこと飛んじまうだろうが!
娘:折り返さなくていいの?営業マンさん。
犯人:あっ!そうだな!待たせたら悪いもんな!
娘:まだほぼ話進んでないからね?頑張んなさいよ。
犯人:おう!ありがとな!
犯人:…ってなんでお前に励まされるんだよ。
娘:なんか見てたら応援したくなっちゃって。
犯人:(嬉しそうに)え?そう?こう見えて母性本能くすぐるタイプだったんだな、俺。
娘:あー。そういうの本人が言うと冷めるからやめた方がいいよ。
犯人:お前なあ!上げたり下げたりして、人の気持ちを弄ぶんじゃねえよ!
娘:ねえ、私が練習相手になってあげよっか。
犯人:はあ?なんで。
娘:実際に声出した方が練習になるって。演技の基本だよ。
犯人:そ、それもそうか……。よし、じゃあ頼むぜ。
娘:まかされよう。
犯人:(口で)ぷるるるるる、ぷるるるるる。
娘:……。
犯人:(怒ったように)ぷるるるる!
娘:……。
犯人:おい、ぷるるるるって言ってんだろうが!はよ電話出ろや!
娘:分かってないなー。
娘:呼出音を聞いてる間に、言うことを頭に思い浮かべる時間を与えてあげてるんでしょ?
犯人:な、なるほど……。
娘:まあいいや。「はい、もしもし?」
犯人:「あっ!あの、お宅の娘を預かってます!」
娘:はいダメー。
犯人:くそぉ!
娘:敬語使っちゃダメだってば。バカなの?
犯人:ちょっとそこ飛ばしてくれよ。苦手なんだよ。
娘:いや苦手だからこそ練習しなよ。
犯人:大丈夫だよ、俺は本番に強いタイプだから!その先を言いたいんだよ!
娘:さんざん失敗しといてどの口が言ってんの?
娘:はぁ…まあいいや。じゃあ先進んで。
犯人:「娘を返して欲しかったら五百万円用意しろ!」
娘:「(怯えて)ご、五百万……ですか?」
犯人:あ…た、高い、ですか?
娘:は?
犯人:やっぱり三百万にした方がいいですよね
娘:(ため息)オジサン、犯罪に向いてないわ。
犯人:そんな事言うなよ!こちとら一生懸命やってんだよ!
娘:だって人の良さが、もう前面に押し出されちゃってるもん。
犯人:(まんざらでもなさそうに)え、そう?にじみ出ちゃってんのかなぁ。
犯人:そういや周りに「お前は頭悪いけど性格はいいよな」ってよく褒められてるからなぁ。
娘:それを褒め言葉と受け取れるって、ほんと脳内お花畑だよね。
犯人:なんだと!?
娘:こりゃ練習しても意味ないや。はあ。もういいから早く電話掛けなよ。
犯人:言われなくても掛けるよ!ったく!
犯人:よし、このイラついた気持ちのまんまで掛けるぞ!いい感じでいけそうだ!
0:呼出音
犯人:(ガラ悪く巻き舌気味に)おう、もしもし!おうワシや!犯人じゃけえ!
娘:キャラ変しすぎでしょ、誰だよ。
犯人:誘拐が嘘じゃねえ証拠に、今から娘の声を聞かせてやんぜ。……おい、話せ。
娘:もしもし?…あ、タナカさん?
娘:ちょうどよかったー。ちょっとお願いがあるんだけどさ、今日の夜九時からのドラマさー。うん、日テレのやつ。そうそうそれ。
娘:録画予約するの忘れちゃったからさー、やっといてくんないかな?
犯人:おい?何の話してんだお前?
娘:いや、それまでに帰れれば自分でやるんだけど、間に合わないかもしれないからさー。
娘:タナカさんやっといてよ。
娘:……え?やり方わかんない?えーもう、じゃあ今近くにテレビのリモコンある?
0:終話ボタンを押す音
犯人:このばかー!
娘:ちょっと!何すんのよ!
犯人:うるせえ!お前なあ!もうちょっと怖がった声を出せよ、バカヤロウ!
娘:イキナリ電話切らないでよ!
娘:まだ話の途中だったのに!
犯人:「話の途中だったのにぃ」じゃねえよ!何の話してんだよ、ドラマの録画なんかどうでもいいわ!
娘:どうでも良くないよ!今めっちゃ盛り上がってるとこで、今夜ついに黒幕の正体が分かりそうなんだから!
犯人:んなこと知るか!
犯人:お前この状況分かってんのか?
犯人:あとタナカって誰だよ!
娘:うちのお手伝いさんよ!
犯人:お、お手伝いさんだあ!?
犯人:じゃあ、さっき俺が話してたのは、お、親父じゃねえのか?
娘:パパがこんな時間に家に帰って来てるわけないじゃん。
犯人:ぐぐぐ……なんてこった……。
犯人:どおりで声がやたら、じいちゃんみたいだったんだな……。
娘:タナカさん、もう還暦とっくに過ぎてるからねぇ。
犯人:なんでそんなじいさん雇ってんだよ!
犯人:フツー家政婦って女だろうが!
娘:すーっごく料理上手なの。
娘:それに、現役の頃は大金持ちの家で執事をしてたみたいだよ。
犯人:なるほど、タナカさん有能!じゃねえわ!
犯人:くそ!せっかく話が進んだと思ったのに、またやり直しじゃねえかよ!
娘:やり直さなくていいじゃん。タナカさん、ちゃんとパパに伝えると思うよ?
犯人:え、そうかな。
娘:うん。なんならオジサンがパパに直接言うより信じてもらえるんじゃない?
犯人:そっかー!それなら良かった!
娘:良かったね、オジサン。
犯人:……おい、さっきからオジサンオジサンって、お前なあ!俺はまだ26だぞ!
娘:私から見たら26歳は普通にオジサンですけど。
犯人:ちきしょう、花の十六歳め!ねたましい!
娘:ごめんねーピチピチしてて
犯人:てゆーかこれ何の話してんだよ!えーと…、
犯人:あ、そうだった!お前なあ!ちゃんと怖がれよ!俺の話が嘘みたいに思われるだろうが!
娘:ねえ、それが人にものを頼む態度?
犯人:は?
娘:怖がってください。お願いします。でしょ。
犯人:えっ、いや、何言ってんの?
娘:私は別にいいんだよ?何にも困らないから。
犯人:困らないって、そんなことあるわけねえだろ!誘拐されてんだぞ、お前は!
娘:知ってるよ。それを分かった上で、困らないって言ってるの。
犯人:(トーンを落として)てめえ、俺をおちょくるのもいい加減にしろよ。優しくしてればつけあがりやがって。
娘:うわー、ベタなセリフ。
娘:ほんとに言うんだ、そういうの。
犯人:(小さく)この…!
0:ビンタ音が響く。
0:ここから雰囲気をシリアスに。
娘:いったぁ……。
犯人:少しは自分の立場が分かったか。
娘:女の子に手を上げるなんてサイテー。
犯人:お前が生意気だからだよ。
犯人:どうだ、怖がる気になったか?
娘:……どうせ。
犯人:あ?
娘:どうせ私が怖がったところで、意味なんかないよ。
犯人:……どういう意味だよ。
娘:パパは私の事なんか、どうでもいいんだから。
犯人:そんな親がいるわけねぇだろ!
娘:居るんだなー、それが。
犯人:……。
娘:小さい時からずーっと。パパは私に興味を示したことがないの。
娘:ピアノの発表会にも来ない。
娘:もちろん父兄参観にも来ない。
娘:卒業式にも、入学式にも参列しない。
娘:誕生日にはプレゼントどころか、帰ってさえ来ない。……愛されてないの。
犯人:……さすがにプレゼントは貰ってるだろ?
娘:記憶にございません。
犯人:誕生日じゃないとしても、ほら、入学祝いとか、クリスマスとか……。
娘:(嘲笑しながら)なにそれ、おいしいの?
犯人:そんなまさか、だって、
娘:(被せて)まさかそんな親がいるわけないって?いますよ?そんな親に育てられた子が!今!あなたの目の前に!
犯人:……うそだろ?一度も?
娘:あ、そういう同情とか要らないんで。
犯人:べ、別に同情なんざしてねえよ!
娘:まあね。普通なら……
娘:血の繋がった親子なら、もしかしたら……
娘:ありえないのかもね。
犯人:……え?今なんて?
娘:私、養子だもん。貰われっ子なの。
犯人:はあ!?
娘:オジサン……、もしかしてうちの内部事情を調べもせずに私を誘拐したの?
犯人:そ、それは……。
娘:大体さ、なんで私を狙ったの?
娘:確かにうちは普通よりちょっとは裕福だと思うけど、誘拐されるほど大金持ちじゃないし。
犯人:いや、その。
娘:てか、お金目的じゃないんだよね?
娘:さっきも三百万とか言ってたくらいだし。
犯人:え?いや、それは、
娘:パパになんかされた?恨みでもあるの?
娘:家族を殺されたとか?
犯人:う、うるせえな!
犯人:次から次に矢継ぎ早に質問すんじゃねえよ!大体、なんでお前に俺の話をしなきゃいけねえんだよ!
娘:(ため息)それもそっか。じゃあいいよ。暇だし、私が自分の話をしてあげる。
犯人:勝手にしろ!
娘:……私の本当の両親はね、事故で死んだらしいよ。まあ、嘘かもしれないけど…。今更どうでもいいけどね。
娘:んで、私に親戚は一人もいなかったらしくてね、私は施設に預けられたの。
娘:私の一番古い記憶は、施設の職員のおばさんに棒で叩かれながら、暗くて狭い部屋で叱られていたこと。
犯人:……。
娘:今の家に来たのは、私が小学校一年生の時だよ。正直パパがなんで私を引き取ったのか、全く分からない。
娘:私になーんの興味も、関心も示さず、ただ家にいる時に一緒に過ごすだけ。
娘:必要最低限の会話はあるけど、そこに感情はない。まるでハリボテの家族。……そんな感じ。
犯人:……母親は?
娘:いないよ。
娘:死んだのか出てったのか知らないけど。
娘:どうせパパに聞いても教えてくれないだろうから聞いたこともない。
犯人:(独り言)思ってたのと全然ちがうじゃねえかよ……。
娘:まあ多分、奥さんに愛想つかされて出ていかれたっぽいけどね。
犯人:……なんでそう思うんだ?
娘:うちには、いつもは鍵が掛かってるパパの書斎があってね。
娘:ある日、鍵を閉め忘れたのか、その書斎が開いてたことがあってさ。
娘:面白そうだから忍び込んでみたんだ。
犯人:それで?
娘:明らかに人目を避けた場所に、怪しげなファイルがずらーっと並んでてさ。
娘:中を見てみたら、どうやら誰かの消息を調べているみたいだったの。
犯人:誰かって……元嫁じゃねえのか?
娘:やっぱり普通はそう思うよねぇ。
犯人:違ったのか。
娘:うん。探してたのは……若い男だった。
犯人:若い……男?
娘:そう。二十代半ばの男を探してたの。
犯人:……見つかったのか?
娘:ぜーんぜん。
娘:手がかりさえ見つかんないみたいだよ。
娘:なんせその男の母親の名前以外、なんにも情報ないみたいだもん。
娘:そりゃ無理に決まってるよ。
犯人:なんでその男を探してるんだ?
娘:……(意味ありげに)んー?
犯人:理由を知ってるのか?
娘:……息子。
犯人:え?
娘:息子。なんだってさ。実の。
犯人:実の…息子……?
娘:詳しい経緯(いきさつ)は資料に書かれてなかったから分からないけど。
娘:まあ多分、奥さんに息子を取られちゃって、その子のことだけ取り返したいんじゃないの?
犯人:……。
娘:つまり私は、可愛い息子さんが見つかるまでの繋ぎなわけよ。
娘:もしくは見つからなかった時の保険?
娘:あはは…そりゃ愛されるわけないでしょ。
犯人:……お前……。
娘:ちょっと。さっきも言ったでしょ。
娘:同情なんてされたくないの。
娘:……やめてよ、そんな目で見るの。
娘:私はこの生活に満足してるんだから。
犯人:満足だと?
娘:そうよ。何をしても褒められない代わりに、何をしても怒られないの。
娘:それに、お小遣いは無制限!
娘:欲しい物はなんでも手に入る。
娘:最新のスマホも!限定のブランドバッグも!
娘:こんないい暮らし、他にある?
犯人:……そんなの、空しいだけじゃねえかよ。
娘:空しい?私が?バカにしないで!
娘:私はねぇ、幸せなの!
娘:あんたみたいな貧乏人は、こんな犯罪を犯さなきゃ生きていけないんでしょ?
犯人:なんだと?
娘:そんな底辺の人間に、なんで私が同情されなきゃいけないわけ?……ふざけんなよ!
犯人:それでも俺は、親の……母親からの愛は知っている。
娘:はあ?愛?なにそれ!くっだらない!
娘:そんなものが一体何になるのよ!
娘:いくらで売れるの?ねえ教えてよ!
犯人:売れないし、買えないんだよ。
犯人:それが愛だ。この世で一番尊いのは、親が子に抱く、無償の愛だと俺は思ってるよ。
娘:(鼻で笑う)ほんとオジサン、ベタなセリフ好きだねえ。
娘:なにそれ。三流の昼ドラみたい。
娘:だっさ。くっさ。ドリアンかよ。
犯人:何をしても怒られないのが幸せ?
犯人:……違うだろ、お前は怒って欲しかったはずだ。
娘:……。
犯人:自分が間違ったことをした時、正しい方向に導いて欲しかったはずだ。
犯人:自分を見て欲しかったはずだ!
娘:知ったふうなこと言わないで!
犯人:欲しい物はなんでも買えるだと?
犯人:いいや違うね!お前が本当に欲しいのは、父親からの愛だろ?違うか?
娘:うるさい…うるさいうるさいうるさい!
娘:あんたに何が分かるのよ!
犯人:分かるよ!
娘:なんでよ!
犯人:……俺は、父親に捨てられたんだ。
娘:……!
犯人:お前と違って、母親は居たけどな。
犯人:俺と母さんを捨てて、クソオヤジは出ていった。
犯人:一人になった母さんは、まだ赤ん坊の俺を育てるために朝から晩まで働いて……無理をしすぎたんだろうな……。
犯人:体の免疫力が下がり過ぎていたせいか、ただの風邪でぽっくり逝っちまったよ。
娘:……オジサンが何歳の時?
犯人:ちょうどお前と逆だ。
犯人:俺が小学一年の時に母さんが死んで、身寄りのない俺は施設に入ったんだよ。
娘:施設……。やな奴ばっかだったでしょ。
犯人:まあ、そう、だな…。
犯人:やな奴の方が多かったかな。
犯人:でも職員の人達は優しかったぜ。
娘:へー。運が良かったんだね。
犯人:中学を卒業するまでは世話になったよ。
娘:高校には進学しなかったの?
犯人:行けるわけねえだろ。
犯人:学費払うくらいなら飯代に充(あ)てるし、学校行く時間があるなら働くわ。
娘:悲惨だね。
犯人:そうかもな。
犯人:……俺はずっと、父親を恨んで生きてきた。
犯人:会って、ボコボコにぶん殴ってやりたかった。
犯人:なんで俺たちを捨てたのか、問い詰めたかった。
犯人:お前が消えたせいで俺はこんだけ苦労したんだって、責め立てたかった。
娘:「したかった」……てことは、してないってこと?
娘:なんでしなかったの?
犯人:しなかったんじゃない、できなかったんだよ。
犯人:どこの誰が父親なのか、分からなかったから。
犯人:母さんはシングルマザーとして俺を産んだから、戸籍にもどこにも、父親の情報は残ってなかったんだよ。
犯人:いわゆる私生児(しせいじ)って奴だ。
娘:ほんとに……悲惨だね。
犯人:まあでも便利な世の中だからな。
犯人:本気で探そうとすれば意外と見つかるもんだ!
娘:見つけたんだ?
犯人:ああ。悠々自適に暮らしてやがった。
娘:それで?見つけてどうしたの?
娘:会いに行った?
犯人:いや……、まだ……。
娘:ビビってるんだ。
犯人:そうじゃねえよ!
犯人:でも、いきなり会いにこられても迷惑かもしれないし、新しい家族もいるみたいだったし……。
娘:呆れた。オジサン、お人好しだね。
犯人:だ、だから!とりあえず、身辺を探ってみようかと思って、近所でバイトしながら様子を見ることにしたんだよ。
娘:それもうただのストーカーじゃん。
娘:お父さん大好きっ子じゃん。
犯人:ちげえよ!
犯人:お、俺は、復讐するための計画をたてようとしてだな……。
娘:へえー。どんな?
犯人:だからぁ!まずは大事な娘を誘拐して、
犯人:あっ!(慌てて口を両手で塞ぐ)
娘:え?
犯人:(鼻歌でごまかす)ふ、ふふ〜んふんふ〜ん。
娘:ちょっと待って。
犯人:(必死に鼻歌)ふふんふんふ〜ん!
娘:オジサンの父親って、まさか私のパパなの!?
犯人:いやちがうよー?全然ちがうけどー?
犯人:あははは、やだなーもう何言っちゃってんのー?
娘:それで誤魔化せると本気で思ってるなら、表彰もんの馬鹿よ。諦めなさい。
犯人:うわあああ!やっちまったぁ!
犯人:うう、ちきしょう……。ここまできて……。
娘:え?ちょっと待ってよ。
娘:てことは?パパが探してたのって……
娘:もしかして……、オジサンのこと?
犯人:それは知らねえよ。
娘:お母さんの名前なに?
犯人:ともこ……。
娘:高橋ともこ?
犯人:おう。
娘:ビンゴじゃん……。
犯人:みたいだな……。
娘:……。(色々思考を巡らす)
犯人:……。(考えたいけど思考が追いつかない)
娘:そっか……。そういう事か……。
犯人:そういう事ってどういう事だよ。
娘:これは私の勝手な想像だけど。パパは多分、オジサンとお母さん、捨てたわけじゃないと思うよ。
犯人:なんでそんなことが分かるんだよ。
娘:だって、捜索資料、ざっと十年分くらい有ったから。
娘:自分から捨てたならそんなことする訳ないでしょ。
犯人:……。
娘:(独り言)十年…そうか……。
犯人:……だからって、俺たちを捨ててないことの証明にはならないだろ。
犯人:途中で気が変わっただけかもしれねえじゃねえか!
犯人:そもそもアイツは俺を認知しなかったんだぞ?
犯人:それどころか、養育費すら払わなかったんだ、ただの一度も!父親のくせに!
娘:(あえて棒読みで)「しなかったんじゃない、できなかったんだよ」
犯人:…は?
娘:さっきオジサン言ったじゃん。「分からなかったから出来なかった」って。
犯人:言った…けど?それがなんだよ。
娘:オジサンのお母さんって、妊娠してること、ちゃんとパパに教えたのかな。
犯人:そ、そんなの当たり前だろ!
娘:(そんなの、辺りからすぐ被せて)もしかしたら。パパと別れた後に妊娠が発覚したのかもしれないよね。
犯人:そ、そうかもしれないけど、だとしても普通妊娠したって相手に言うだろ!
娘:オジサンのお母さんって身寄りがなかったんだよね?
娘:だから施設に入れられたって言ったよね?
犯人:お、おう……。
娘:てことは、言っちゃ悪いけど、きっと家柄もあまり良くなかったんだよね?
犯人:親戚なんざ会ったこともねえから、そんなの知らねえよ!
犯人:つかそれが何か関係あんのかよ!
娘:パパの家は、代々続く医者家系。
娘:今もおじいさんが理事長をしてる大病院で、パパは院長をつとめてる。
犯人:……知ってるよ。
娘:お婆さんには一回しか会ったことないけど、すっごく厳しそうだった。
娘:多分あの人の血、緑色だよ。
犯人:緑って…。
娘:だって私を見る目、まるでゴキブリでも見てるみたいだったもん。
犯人:……。
娘:あのお婆さんが、パパの結婚相手としてオジサンのお母さんを認めるとは到底思えない。
娘:きっとあの手この手を使って引き裂こうとしたんだろうね。
娘:(独り言)あーなるほど、そうか……。だからパパ、あんなにお婆さんと険悪なんだ……。やっと謎が解けた。
犯人:だとしても、アイツが最終的には母さんを捨てた事に変わりねえだろうが!
娘:違うよ。オジサンのお母さ、
娘:ああもう長ったるいな。
娘:ともこさんが、自分から身を引いたのよ。
娘:多分、パパに何の相談もせずに。
犯人:……。
娘:じゃなきゃ、十年以上も探し続けるわけないじゃない。
犯人:それは……。
娘:ズルいなあ、ともこさん。残された人の気持ち、全然考えなかったんだね。
犯人:そう…かもな……。
娘:……でも、強いよね。
犯人:ああ。……いつも汗だくになって夜遅くまで働いてたよ。
犯人:泣き言なんざ一度も聞いた事がねえ。
娘:パパ、きっと最初はともこさんを探してたんだと思う。
娘:でも自分から隠れてしまった相手を見つけるのって、すごく大変でしょ?
娘:だから多分、見つかった時にはもう、ともこさん…亡くなってたんじゃないかな。
犯人:……。
娘:それで初めてオジサンの存在を知って。
娘:それからずっと……今も、探し続けてるんだよ。
犯人:そんな…だって、そんな……。
犯人:俺は、ずっと父親を憎んで……恨んで生きてきたんだぞ?
犯人:復讐することが俺の生きる目標だったんだぞ?
犯人:その為だけに生きてきたのに……、
犯人:今更そんなこと急に言われても……俺は…。
犯人:(言葉にならず葛藤(かっとう)する)
娘:(しばらく間を空けて)……私さ。ずっと不思議だったんだ。
犯人:……なにがだよ。
娘:なんでパパは女の私を養子にしたのかなーって。
犯人:なんでって……。
娘:だってさ、普通跡取りは息子じゃん?
娘:娘はお嫁に行っちゃうし。
犯人:……それは、婿養子とかってこともあるじゃねえか。
娘:いやいや……。
娘:確かにね、息子を授からなかったんなら、仕方なくそういう選択肢もあるかもしれないよ?
娘:でもさ、養子だよ?
娘:性別は自分の意思で決められるんだよ?
犯人:う……。
娘:だったら絶対男の子選ぶじゃん。
娘:跡を継がせたいならさ。
犯人:そ、れは……。
娘:継がせる気がない、というより、継がせたくなかったんだよね。きっと。赤の他人には。
犯人:……。
娘:もっと言うと、オジサンに継がせたかったんじゃないのかな。
犯人:俺に?
娘:まあさすがに、今はその気はないと思うよ?
娘:どう見てもオジサン、医者になるにはIQ足りなそうだし。
犯人:うるせえな!
娘:なにより、中卒だし。
犯人:学歴で人を判断してんじゃねえよ!
娘:じゃあ今から大学行って医師免許とるっての?
犯人:そもそも医者になんざなりたかねえよ。
娘:まあとにかくさ。
娘:子どもの頃にオジサンを引き取れてたならまだしも、今となってはパパのその夢も終わってるってわけよ。
犯人:……。
娘:でも私を返品するわけにもいかないし、仕方ないから育ててるんだろうね。
娘:惰性(だせい)の家族ってことか。
娘:そりゃ興味なんか持てるはずないよね。
犯人:お前は……ちゃんと愛されてるよ。
娘:はい、ありがとうございまーす。
娘:さすがベタなセリフがお好きなオジサン。お決まりの慰め文句ですねぇ。
犯人:本当だよ、俺は……ずっと見てたから。
娘:見てた……、なにを?
犯人:お前のためのプレゼントを、アイツが買うところ。
娘:残念だけど、勘違いだよ。
娘:そんなもの受け取ったことないから。
娘:恋人にでも買ってあげてたんじゃないの。
犯人:クリスマスに真っ赤なカバンを買ってた。
犯人:どう見ても若い女向けだったぜ。
娘:やーねえ、どうせなら年相応の人と付き合えばいいのに。
娘:男の人ってほんと若い女が好きなんだね。
犯人:三月十日に、万年筆と腕時計を買ってた。
娘:…イトコに私と同じ歳の子が居るのよ。
娘:その子に入学祝いで贈ったんでしょ。
犯人:五月七日にピンクのワンピースを買ってた。
犯人:お前に似合いそうなヤツだ。
娘:七日……。私の……誕生日に、
娘:他人へのプレゼントとか、サイテーだよね……。
犯人:その帰りに、ケーキ屋に寄ってバースデーケーキを受け取ってた。
娘:……嘘よ。
犯人:プレートの文字は
犯人:「十六歳の誕生日おめでとう。アカリ」。
娘:嘘よ!パパは誕生日に帰ってこなかった!
娘:今まで一度も祝ってもらったことなんかないよ!デタラメ言わないで!
犯人:嘘をついて俺になんのメリットがある?
娘:それは……。
犯人:だから俺は、アイツは俺と母さんを不幸のどん底に落としておきながら、自分だけのうのうと新しい家族とよろしくやってんのかと思ってたんだよ……。
娘:でも、私は本当にプレゼントなんて貰ったことないよ?
犯人:本人に聞くしかねえだろ、んなもん。
娘:本人って……
0:娘のスマホからけたたましい着信音が鳴る
0:犯人が液晶画面に映る名前を見る
犯人:噂をすれば、だな。…ほれ。
0:縛っていた縄を解き、スマホを渡す。
犯人:早く出ろよ、音うるせえから。
娘:う、うん。
0:ピッという操作音
娘:もしも……、
娘:ちょ、落ち着いてパパ!大丈夫だから!
娘:うん、アカリ。……無事だよ。
娘:うん、うん。どこも怪我してないよ。
娘:うん、大丈夫……。
娘:(父親の慌てぶりが嬉しくて泣きだす)
娘:ほんとに、大丈夫だってば……。
娘:違うの、これは、嬉しくて……。
娘:パパが、そんなに私を心配してくれるなんて、思ってなかったから……。
犯人:(独り言)聞くまでもなかったか。
犯人:良かったな。
犯人:しっかし不器用なオヤジだねえ。
犯人:おおかた血の繋がってない娘に情が移るのが怖くて、一生懸命素っ気なくしてたんだろうよ。
犯人:一人でコソコソと、渡せもしないプレゼント買い込んで……。
犯人:(想像して思わず微笑む)
犯人:ほんと、馬鹿じゃねえのか。
娘:え、犯人?えと、それは……。
娘:あの、なんていうか、その……。
犯人:いいよ、言えよ。
犯人:気持ち悪いオジサンに誘拐されたって。
娘:…ほんとはね、誘拐なんかされてないの。
犯人:おい、お前!
娘:ちょっと、パパに心配かけてみたくて…。
犯人:おいって……!
娘:しっ!
娘:……ごめんなさい、もう二度とこんな馬鹿な真似しません。
犯人:なんで……。
娘:あのね、パパに会わせたい人が居るんだ。今回の、共犯者になってくれた人。
犯人:なっ!おま、なにを!
娘:びっくりすると思うよ。
娘:パパがずーっと探してた人だから。
娘:…うん、今から二人で一緒に家に帰るね。
犯人:(小声で)おい!勝手に何言ってんだよ!
娘:……私ね、パパにたくさん話したい事と、聞きたい事があるんだ。
娘:……うん。じゃあ、また後でね。
0:終話ボタンを押す音
犯人:お前……、なんで俺を庇ったんだよ。
犯人:俺は、お前を誘拐したんだぞ!
娘:誘拐……。
娘:うん。確かに「ゆうかい」されたね。
娘:ありがとう。
犯人:は?ありがとう?
娘:今までずーっと、氷みたいに冷たくて、
娘:何も感じなくなってた私の心を、
娘:オジサンが溶かして……、
娘:「融解(ゆうかい)」してくれたんだよ。
犯人:ゆ、ゆうかい?は?
娘:ふふふっ。
犯人:あー!もう!小難しいこと言うなよ!
犯人:学(がく)がねえから分かんねえんだよ!
娘:ふふっ。ねえ、これからはオジサンじゃなくて、お兄ちゃんって呼んであげようか?
犯人:ば、バカ言ってんじゃねえ!
犯人:お前みたいな生意気な妹なんざお断りだ!
娘:やだな。妹じゃないよ。
犯人:はあ?
娘:だって私たち、血は繋がってないじゃん。
犯人:あ、そうか……。
娘:(耳元で)だから、結婚もできるよ?
犯人:けっこ?ばっ!馬鹿か!十年早いわ!
娘:ぶぶー。残念でしたー。18歳で結婚できるから、あと十年も待たなくていいんですー!
犯人:あー!ばーかばーか!18歳からなのは男だけですー!女は16歳で出来るの知らないんですかー?
娘:はーい残念でしたー!2022年4月から法改正が行われて女性も18からに引き上げられてますー!
犯人:ぐっ、そうだった…!不覚!
娘:てゆーか女性の婚姻年齢について何でそんなに詳しいんですかー?
犯人:べ、別に詳しくなんて
娘:もしかしてロリコンなんですかー?キモイんですけどー!
犯人:ろっロリコン?そんなわけないだろうが!俺は峰不二子みたいなお色気お姉さんが好きなんだよ!大体、俺が言いたいのはそういう事じゃなくてだな!
娘:ほら、バカなこと言ってないで早く帰ろうよ、お兄ちゃん!
犯人:おに…!?(嬉しそうに独り言)いやこれ意外とアリだな……
娘:あ、まちがえた。オ、ジ、サン!
犯人:あー、ほんっと可愛げねえヤツだな!