台本概要

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タイトル 『偽想バカンス』
作者名 sazanka  (@sazankasarasara)
ジャンル その他
演者人数 2人用台本(女2)
時間 30 分
台本使用規定 非商用利用時は連絡不要
説明 『人の為ならず』シリーズ第1作。
日々をいつわる人々の、いつわらざる日々。
主に、芸能とショービジネスに身を置く人物たちを描くシリーズ。

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砂浜にて、連れ立つ二人の若い女優。
夏の終わりの、短い会話。
―2022年8月末頃―


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キャラ説明  

名前 性別 台詞数 説明
凛々 130 「観音町 凛々(かんのんまち りり)」。23歳。 国内若手トップ女優。黎和3年度「なりたい顔ランキング」3位。 埼玉発のアイドルグループ『GIRLs De RampAge(ガールズ・デ・ランペイジ)』第2期生としてデビュー。 可憐かつ快活なイメージで、現在は漫画・アニメ原作の実写化作品等に引っ張りダコ。
珠衣 126 「繁 珠衣(はん たまえ)」。22歳。 凛々と人気を二分する若手女優。黎和3年度「なりたい顔ランキング」2位。 子役出身であり、10歳から出演したNHKの実験的特撮教育番組『パルプうぃっち』にて一世を風靡する(「山内たまえ」名義)。 清楚かつ柔和な物腰と確かな美貌を武器に、近年再ブレイク。スターダムを一足飛びに駆け登った。
※役をクリックするとセリフに色が付きます。

台本本編

文字サイズ
0:西暦2022年。 0:駅の構内のテレビ映像。とあるインタビュー。 凛々:「ええ〜っ、この夏ですかぁ〜っ? 凛々:いやもうホント、クランクアップしたばっかりなんでもう全然……、 凛々:考えらんないですね、基本ホント陰(いん)のね、陰(いん)の者なんで……、 凛々:え? インドアですよホント、全然ねー……、もう皆ねぇ、芸能人に夢を見ないでほしいですっ、寝てますから休みとかね、ホント……、 凛々:まあでもぉ、結局例年通り……、 凛々:珠衣(たまえ)とぉ、どっか行くぐらいじゃないですかねぇ。 凛々:明後日ぐらいにLINEしまぁす、あはははは……、」 : 0:動画投稿サイトの違法動画。とあるワイドショーの切り抜き。 珠衣:「凛々(りり)ちゃんは、そうですね……、本当に、オフでもあのまんまの人で……、昔からずっと、引っ張っていってくれるお姉さんというか……、 珠衣:あ、でも意外と、引っ張られて行った先では、私がお世話したりする事もあるんですけど……、ふふ。 珠衣:そう、夏……、今年も全然、パッとはしないと思うな……、 珠衣:取り敢えず、明日ぐらいにLINEが来ると思います。 珠衣:ふ、ふ、うふふふふ……。」 0:映像が途切れる。 : 【モノローグ】(凛々):今日も、明日も。 【モノローグ】(珠衣):わたしたちはウソをつく。 0:タイトルコール。 凛々:『偽想(ぎそう)バカンス』 珠衣:(声が重なり) 珠衣:『偽想バカンス』。 : 0:夏の終わり。 0:とある海辺の街。 0:瑠璃色のバスの窓、景色が揺れている。 珠衣:……ちゃん、 珠衣:凛々ちゃん。 凛々:(微睡みから醒め) 凛々:ン……、 珠衣:一応、もうすぐ着くけど。 珠衣:……寝とく? 凛々ちゃんだけ。 凛々:……何でよ。 凛々:あと寝てないし。 珠衣:いびき、かいてた。 凛々:かいてないし。 凛々:かくワケないでしょ、私が。 0:旧道を行くバスの速度は緩やか。 0:古びた冷房の、唸るような微かな音。 珠衣:1つ前の停留所で、降りて行った子たち……、 凛々:うん? 珠衣:気付いてた、かも。こっち見て、ひそひそ……、 凛々:撮られたァ? 珠衣:ううん。多分、スマホは出してなかったと思う。 凛々:じゃ、別に大丈夫でしょ。 凛々:撮られてたって、別に……。 凛々:SNSに上げたきゃお好きにィ、ってか。ハン。 珠衣:どうせ、今日の夜には上げるもんね? 写真。 凛々:その為に来てんだっつーの。 凛々:そもそも。ワザワザ。 珠衣:帰りたくなってきた? 凛々:最初から。来る前から。 凛々:……ナぁンで無理して予定空けて、こんなド田舎のキッタナいバス乗ってさァ、 珠衣:聞こえちゃうよ、 凛々:(ジトリと睨め付け) 凛々:アンタ、なんかと。 珠衣:…………。 珠衣:(滲み出すように笑み) 珠衣:……仕方ない、よね。これもお仕事、だから。 凛々:実質休み無し。家畜かっての。 珠衣:もう慣れたら良いのに。 珠衣:……それなりの事が無ければ……、 0:笑みは滲み、広がり、 珠衣:多分、一生、続くんだし。 凛々:…………。 珠衣:じゃない……? 凛々:……キモチワル。 凛々:アンタの、そーいうトコ。 珠衣:…………。 珠衣:えへ……。 0:凛々の気怠げな仏頂面を揺らし、バスが停車。 0:窓の外、波止めの林から海が垣間見え。 0:停留所の標識版には、「暁津浜(ぎょうずはま)」。 : 0:回想。4年前。 0:2018年、冬。都内某撮影スタジオ。 0:その、休憩所。 珠衣:……さん、 珠衣:観音町(かんのんまち)さん。 凛々:(気付き、顔を上げ) 凛々:はぁいっ! 凛々:あっ、もう次、シーン16ですかぁっ? すみませんスグにっ、 凛々:……って、 凛々:……うっわ。 珠衣:おつかれさま……、です。 0:ぺこり、とお辞儀する珠衣。後、清らかに見える、笑顔。 凛々:(辺りを窺い) 凛々:……1人? ……何なの? 珠衣:これ、良かったら。 0:静かに差し出す。湯気を立てる、ペーパーカップ。 凛々:何、コレ。 珠衣:スタバの、新作……。「飲みたいのにまだ飲めてない」、って。ブログに書いてた、から。 凛々:1階の、スタバで買って来たの?? ワザワザ?? 珠衣:お近付きの、印に……。 凛々:キモ。 凛々:あと……、 凛々:嫌いだから。甘いの。 珠衣:……、へぇ……、 凛々:ブログとか。担当の社員が適当に書いただけだし。 珠衣:ウソ、なんですね。 凛々:アンタもでしょ。 凛々:……繁(はん)、珠衣(たまえ)。 珠衣:……はい……、 珠衣:勿論。 珠衣:ふ、ふ……。 0:飴細工の如き笑みと、険のある渋面が交差する。 0:旧式の暖房器の、呻くような稼働音。 凛々:……何? 凛々:まあまあ疲れてんだけど、私。 珠衣:『ガルデラ』の、 凛々:は? 珠衣:CD……、わたし、持ってました、中学の頃。 珠衣:DVDも、友達と一緒に見たりして……。 珠衣:一人だけ、凄く、綺麗な子がいるな、って。 凛々:…………。 凛々:私も小学校の時、『パルプうぃっち』、観てたけど。 珠衣:あ……、恥ずかしい。 凛々:パッとしない子がやってるな、って思ってた。私の方がまだマシにやれるんじゃない、って。 珠衣:わたしも、そう、思います。 凛々:…………。 凛々:何? ツマンナイ話、しに来たんだったら、 珠衣:いいえ? 珠衣:面白いお話でも、ないと思うけど……。 珠衣:今日……、第4スタジオで、『未知彼(ミチカレ)』の撮影だから、 珠衣:「一人で行っておいで」、って。尚道(なおみち)さんが。 凛々:……あんたんトコの社長が? 凛々:……、何? 一体。 珠衣:聞いてない……? 凛々:仮眠室で寝てたし。まだウチの馬鹿マネージャーとまともに喋ってない。 凛々:……マジで、何? 珠衣:あなたと、わたしは。 珠衣:今日から親友、なんだって。 0:沈黙による静寂。 凛々:……、……、 凛々:ハぁン?? 珠衣:そうなる事に決まって、 珠衣:今日から、そう、して行くんだって。 珠衣:わたし達はこれから、オフの日に一緒に遊んだり、ご飯を食べたり、旅行に、行ったりして……、 珠衣:その度に写真や、動画を撮って、それを日本中の人に、見てもらうんだって。 珠衣:3年か、4年後には、わたし達が1番と2番、って、決まったから。 珠衣:……もう今の内から、始めておくんだって。 凛々:…………、 珠衣:だから、 0:甘さも、硬さも、冷たさすら通わぬ、虚と無の相貌。 珠衣:よろしく、ね……。 珠衣:凛々ちゃん。 0:唇だけは、笑みを模していた。 : 0:現在。 0:林を通る私道を抜けると、眼前に、青。 0:砂浜と、水平線のアーチ。 珠衣:着いた……。 凛々:……暑ァっつゥ……。 凛々:紫外線ウっザぁ……。 珠衣:反応、それだけ? 珠衣:海だよ……、ほら。 凛々:珍しくもないでしょ。 凛々:なんなら、こないだまで散々……、 珠衣:ロケ、湘南だっけ。 凛々:そーよ。年明けから撮影始まってたのに、よりによって最後、真夏に海て……。 凛々:最悪ゥ。マジで。 珠衣:愚痴ばっかり……。 凛々:しょうがないでしょ。気分アガりよう無いから。 珠衣:泳ぐ……? 珠衣:動画とか、撮る? 凛々:撮らない。何もしない。 凛々:……持ってきたの?? 水着、 珠衣:無い、よ。 珠衣:……誰も居ないから、裸でも、良いけど。 凛々:勝手にどーぞ。そんで盗撮されてネットの海にバラ撒かれて、どーぞ。 凛々:……にしても、 0:林と岩に間取られた、狭い浜辺を見渡す。 凛々:ホンっトに誰も居ない。釣りのオッサンすら。 珠衣:この時期なのにね……、 凛々:地元民すら来ないんでしょ。 凛々:こんなショボい、……ビーチって言うか……、 珠衣:砂場。 凛々:マぁジソレ。岩とかボコボコで危ないし……、 0:緩慢に周囲を見廻し。 凛々:…………。(溜息) 凛々:帰りたァ……。マジで。 0:渋面。沈黙。 0:波の音。 凛々:……、ちょっと、 凛々:どこ行くの? ふらふら……、 珠衣:(数歩、離れた所で) 珠衣:……松が、生えてる。 0:二人、並び。朽ちかけた針葉樹を見上げ。 凛々:コレ、松? 凛々:……キッタナ。枯れてるし、ほぼ。 珠衣:防砂林の名残り、かな。 珠衣:……独りぼっちの、最後の、生き残り……。 凛々:て、言ってたってツイートしたらイイわけ? 珠衣:良いよ……、書いても。 凛々:書くか。キモいわ。 0:海風が細い葉を揺らし。 0:何とはなしに、二人、松の樹を見詰め。 凛々:……樹とかの表面って。 凛々:よく見たらグロ……。 珠衣:そう……? 凛々:グロいじゃん、ボコボコでブツブツしてて……。切り株とか木目とかもキモいし。 珠衣:全部、キモいの? 凛々:結構、何でも、キモいっちゃキモいじゃん。 凛々:食べ物とかもよく見たらキモい。 凛々:肉とか魚とか、無理な時は無理……。 珠衣:思ったこと、ない。 凛々:キモくないのが当たり前、って思い込んでるだけでしょ、大概。 凛々:……人間の肌とかも近くで見たらキモいしな……。ブスとか美人とかの前に。 珠衣:毛穴、とか……? 凛々:……何か、表面の、筋の感じとか。細かく考えたらゾワってする。 凛々:近くで見たら全部一緒。 凛々:大体、みんな、全部キモい。 珠衣:疲れてる……? 凛々:元気そうに見えるゥ?? 凛々:もー、写真1枚撮る為に温存してるダケだし。こんな事でもなきゃ部屋で寝てんだから、マジで……、 珠衣:(不意に) 珠衣:わたしは、 0:虚無の貌。 凛々:……っ、 凛々:その、急に無の顔になるのヤメてって、 珠衣:やっぱり何も、思わない、かな。 珠衣:何を、見ても。近くで、見ても。 凛々:……、何ソレ? 珠衣:松を見たら、松だ、って思うし、 珠衣:お肉や、お魚や、……人の肌を見たら、 珠衣:お肉だな、魚だな、人の、肌だな、って、 珠衣:思う、だけ。 凛々:……、 凛々:だから何だってーの? 凛々:今更、私相手に何アピールか知んないけど、 珠衣:(遮り)意味が無いような、気がするから。 0:潮風。 0:波の音。 凛々:……意味ィ? 珠衣:…………。 0:日は高く、松の枝の下は一層暗い。 0:麦わら帽子の影に隠れ、珠衣の表情は窺えず。 珠衣:わたしたち、って……、 珠衣:ウソをつくのが、お仕事でしょ。 凛々:……、 珠衣:日本中に、世界中に、ウソの自分を見てもらって、お金を、貰って。 凛々:……皆がね? 凛々:ペーペーの新人も、ベテランの大御所サマも。 凛々:それこそコノ業界で生きて行くっていうなら全員が、 珠衣:わたしたちは、特別。 凛々:……、 凛々:暑さで脳ミソ湯立ったァ? 凛々:天狗か? 急に。 珠衣:ものすごく、たくさんの人に……、 珠衣:選ばれて、いるから。 凛々:「好感度番付け」? 凛々:「なりたい顔ランキング」? 凛々:アンタさァ私に1回勝ったぐらいで調子に乗ってんじゃ、 珠衣:(遮り)全部。 凛々:っ、 珠衣:……全部……。 珠衣:人気も、お仕事も、全部。 凛々:……、 珠衣:……座る? 凛々ちゃん。 凛々:(はたと気付き) 凛々:ああ……、 凛々:そー、ね。そーいや……。 凛々:……クソ暑い。ていうか。 0:二人、おもむろに移動し。松の幹に身を寄せ、しゃがみ込む。 珠衣:レジャーシートだけ、持って来た……。 凛々:……、私も。 珠衣:そうなの……? 珠衣:実はバカンス気分? 結構。 凛々:違うし。前に何も無くて写真撮る時困ったから。念の為。 0:各自、バッグよりシートを取り出し。 珠衣:あ……、 珠衣:かわいい、そのシート。『フェリージェム』の……、 凛々:……雑誌の撮影で使ったヤツ。 凛々:デカ目のペイズリー、良いじゃんって思って、 珠衣:買い取った? 凛々:けど。 凛々:結局仕事仕事で休みもなく……。 珠衣:夏が終わる前に、使えて良かったね。 凛々:……よりによってあんたなんかと。 凛々:こんな、映えのバの字も無い海で。 珠衣:わたしのはもうボロボロの、中学の頃から使ってるやつ……。 凛々:あざとォ。 凛々:イイって、何か番組の、私物チェックとかで言いなよ、そーいうの……。 0:砂の上のシートに腰を下ろし、膝を崩す。 凛々:はぁっ。 凛々:足疲れた……。……もー歩きたくない。 珠衣:バス停まですぐ、だよ。 凛々:すぐでも。カメラに映ってないトコでなんか一歩だって歩きたくない。 珠衣:撮っててあげようか。 凛々:誰が観んのよ、ソレを。 珠衣:わたし……。うふ。 凛々:キモ。 0:ふ、と息をつき、水分補給。 0:日陰の風は乾き、幽かな、秋の気配。 凛々:……一周回ってコレが現実かァ。 凛々:映画の中では、湘南のビーチで 凛々:「私とっ」! 凛々:「永遠を一緒にっ」! 凛々:「作ってくださぁいっ」! 凛々:とか言ってんのに。 珠衣:わぁ……、 凛々:んで花火ドーーーーン。 凛々:今の時代にホロミラージュでもないガチの花火ドーーーーーン。 珠衣:台詞のところ、もう一回言って……? 凛々:嫌だドーーーーン。 凛々:挙げ句に打ち上げ失敗してボヤ騒ぎドーーーン。そんで監督の拘りでもっかい打ち上げて予算オーバードーーーーーン。 珠衣:うふっ、うふふふっ、ふふ……。 凛々:その辺バカだから、あの人。 凛々:あコレ、試写会の時用に取っとくらしーから言っちゃ駄目だよ。 珠衣:うん……、わかったぁ。ふふ……。 凛々:んで……、実際はコレよ。 凛々:事務所命令で友達営業。全然リアルが充実してないしな、コレ。 凛々:そりゃ意外と庶民派、ってイメージでも売ってるけどさァ、 凛々:言ってこの、天下の観音町凛々がさァ、 珠衣:でも。 珠衣:……わたしたちに取っては、 凛々:んァ? 珠衣:どっちがリアルで、どっちがウソ、なのかとか……、 珠衣:もうわからない、ね。 凛々:……、 0:潮騒。 0:再び、影の中に陰が差し。 凛々:……さっき言ってたヤツ? 凛々:何なの、ソレ。 0:珠衣の、薄く細い唇が開き。 珠衣:今度……、来年の、春の舞台でお世話になる演出家の先生が、仰ってたんだけど……、 凛々:あーーー……、 凛々:アイツでしょ、弦ヶ崎(つるがさき)とかいうオバハン。 凛々:前に私の悪口言ってたらしーじゃん。嫌いって程も知らないヒトだけど、 珠衣:敵は、多そうな人……。 珠衣:でも、良く考えて喋る人、だと思った。 凛々:ふゥーん。 凛々:……ソイツが? 珠衣:言ってたのは……、 珠衣:役者でも、歌手でも、コメディアンでも……、 珠衣:芸の道で、生きている人間は、 珠衣:全員、一人残らず、 珠衣:……河原乞食(かわらコジキ)だ、って。 凛々:うわ、放送禁止用語キタ。ピー入るよピー。 珠衣:アイドルも、グラビアの子たちも、他の、どんなに芸が無い、芸じゃ無い、って、言われてる種類の人達も……、 珠衣:ソコからは逃れられないんだ、って。 凛々:……、 珠衣:それでどんなにお金を貰って、有名になって、偉くなったように見えても……、 珠衣:人から選ばれていなければ、存在を許して貰えない種類の人間達だから、 珠衣:全部同類の、物乞いなんだ、って。 凛々:……選ばれて、 珠衣:選ぶ側は、いつだって選ばれる側より偉くて。 珠衣:選ばれる側は、いつだって下なんだ、って。 珠衣:だからどんなに華やかに見えても、わたしたちは、お客様よりも、どんな人よりも、下の側に、居るんだ、って。 凛々:(思案) 凛々:…………、 凛々:ガチのセレブだったら芸能人を結婚相手に「選べる」けど、 凛々:芸能人としてどんだけ上に行ったって、セレブを「選べる」側にはなれない、みたいな話? 珠衣:そう……、そう、なの。 珠衣:やっぱり、凛々ちゃん、頭良い……。 凛々:要するに、だけどさ。 凛々:……、ハン。 0:皮肉げに嗤い。 凛々:まー確かに? 例えば私にしろ、あんたにしろ……、 凛々:そこそこガッツリ、色々にお金出させて、コッチに進ませて貰ったケド……。 凛々:逆に言えば、子供に芸能やらせる程度には品の無い家柄、ってコトだもんなァ? 珠衣:そう、だね……。 珠衣:私も……、中学ぐらいまでは、「凄いね」って、本当に、応援してくれる子もいたけど……、 珠衣:高等部の頃には皆、お腹の底では馬鹿にしてるんだろうな、って……、 珠衣:顔で、わかった。 凛々:……京都の、なんだっけ、あのお嬢サマ学校。 珠衣:「ジギタリス」。 凛々:で、大学で本格的にコッチ来て、か。 珠衣:そう。 珠衣:引っ越しの時も、一緒に写真、撮ったよね……。 凛々:マぁージで虚無の時間だったわ、アレ。 凛々:てか……、あざと。その感じで関西、しかも京都弁もイケるとか。 珠衣:そうかな……? 凛々:喋ってみてよ。「なんとかなんとかどすえ〜」、みたいな、 珠衣:うふ……。 珠衣:そんな風に喋る人、居なかったけど。 珠衣:……でも、本当に……、 0:偽りの友に向ける眼は、 珠衣:昔、普通に話してたような言葉、 珠衣:忘れちゃった……。 0:黒曜石の虚無の色。 凛々:……、 珠衣:声が、閊(つか)えて、どうやっても無理なの……。 珠衣:ドラマやお仕事の台詞だったら、大丈夫だと、思うけど。 凛々:…………。 凛々:あっそ。特に興味ナイけど。 凛々:……で?? 珠衣:あ……、えっと、 凛々:ソコソコの仕事貰って調子コキ始めてる演出家に、勢い任せで好きホーダイ言われて。 凛々:何をイマサラ、ナーバスになってるって?? 珠衣:……、そういう感じでも、ないけど……。 珠衣:ただ、あらためて思った、だけ。 凛々:何を。 珠衣:わたしたちは……、 凛々:一緒にすんなよ、あと。 珠衣:きっと誰からも、選ばれているのなら、 珠衣:きっと誰よりも……、下に居るんだ、って。 珠衣:不思議と、納得、したの。 凛々:……、 珠衣:だって……、ね? 珠衣:わたしが自分で選んで、好きだって、思える人よりも……、 珠衣:わたしを直接には知らなくて、でも、わたしを好きだって思って、選んでくれる人の方が……、 珠衣:ずっと、数が多いでしょう? 凛々:……アタリマエじゃん。 凛々:芸能人なんだから。 珠衣:でも、それでも、 珠衣:……あまりにも、違うな、って、 珠衣:……思っちゃった、の……。 凛々:……、 珠衣:だから、わたしの、わたししか知らない、自分の気持ちや、感情にも……、 珠衣:きっと、意味なんて、無いんだろうな、って。 凛々:……、 珠衣:だって……、わたしを好きって、言ってくれる人の殆どは……、 0:松の陰に虚無が揺れ。 珠衣:わたしを、しらないひと。 凛々:……、……。 0:海風。 0:渋面。 0:溜息。 凛々:……くっだらなァ。 凛々:病んでんじゃナイっつの。イッチョマエに。 珠衣:……ごめんね。 凛々:あんたさァ、 珠衣:うん、 凛々:覚悟が足んないだけだから。ソレ。 珠衣:……、 珠衣:覚悟……、 0:風が吹き、葉擦れの音。 凛々:ウダウダウジウジ言ってるけど。 凛々:1回落ち目になって消えた後、急にまたゴリ押しされ出して。 凛々:ビビってるダケ。 珠衣:…………、 凛々:頭で、理屈でどんだけ解ってたって意味ないから、こんなん。 凛々:そもそもが器じゃないんだし、アンタなんて。 珠衣:……、 凛々:画面に映って、商品になって流れてる時点で、リアルはそっち。 凛々:……ワルイけど全然わかんないわァ。アンタよりは後だけど、デビューからずゥーーっと売れてて、最終今が一番売れてて。 凛々:選ばれてない時の方が少ないから。私って。 珠衣:……知ってる……。 珠衣:(微かな囁き)誰よりも。 凛々:ショセン子役崩れの癖に。 凛々:調子乗って諦めたみたいなカオして。ギャップに着いてけてないのを、カッコつけて達観したみたいにさァ? 凛々:偉そうに言っといて、結局アンタが一番ウェットなんじゃん。 珠衣:……、 凛々:ガクセー気分が抜けてないんじゃないの。 凛々:慣れが足んないのよ、 凛々:「覚悟」って慣れの事だから。 珠衣:慣れ……、 凛々:「やれ」って言われて。 凛々:「やる」って言った癖に。 凛々:大事にし過ぎと違うか、自分のキモチ。 珠衣:……、気持ち……、 凛々:そんなザマでこの先持つ? 凛々:一生、続くんでしょ。あんたが言うには。 珠衣:……、 珠衣:……。 0:珠衣は、黙考。凛々は憮然と、幾度目かの溜息。 凛々:嫌ならスパっと辞めれば。 凛々:そーしてくれた方が精神衛生上助かるわ。知ってると思うけど……、 凛々:私、あんたのコト大っ嫌いだから。 珠衣:…………、 珠衣:…………。 0:遠く、海の向こうで波の轟き。 0:珠衣の唇が帽子の影で、僅か、滲むように笑み。 珠衣:…………さっきね……? 凛々:あん? 珠衣:さっき……、何を見ても、自分では何も、感じないって、言ったけど……、 凛々:……、何、 珠衣:海とか、空とか、大きな、綺麗な物を見たり……、 珠衣:人の、お肌とかを、見た時はね、 凛々:肌……? 珠衣:今日は、荒れてるな、とか……、 珠衣:いつも、綺麗だな、とか……、 珠衣:そういうことは、思うし、感じるの。 凛々:……だったら、何も感じてなくないじゃん、て。 凛々:もーイイから。何なの?? 0:じ、と、珠衣の視線を感じ。 凛々:……凝視すんな、人のカオを。 珠衣:……凛々ちゃんは、いつも肌、綺麗。 凛々:キ、キんモっ! キモからのキモっっっ!! 凛々:…………限界じゃ。 凛々:とっととツーショット撮って帰るし。ほらスマホ、 珠衣:(不意に) 珠衣:凛々ちゃん。 凛々:っ、……何、 珠衣:今日は……、 珠衣:本当に、ありがとう。 珠衣:一緒にお出かけ、してくれて。 0:笑みの形の、陰影。 凛々:(眉根を寄せ) 凛々:…………。 凛々:アンタんトコのマネージャーに言っとくわ……。 凛々:「おたくの看板、このままじゃ近い内、使い物にならなくなるぞ」、って。 珠衣:……、 凛々:おクスリなり、カウンセリングなり。 凛々:セーゼー社会人として、マットーでテキセツなケア、してもらえばァ? 0:暫し、波音だけの静寂。 珠衣:…………。 珠衣:……うふ、ふ、ふ……。 珠衣:うふふふふふ、ふ……。 凛々:キモ。その笑い方も嫌いだわァー……。 珠衣:凛々ちゃんは……、 珠衣:ケア、してくれないんだね……? 凛々:…………、 0:辟易を隠さず、 凛々:するワケないじゃん、て……。 0:人の為ならざる言葉を、吐き捨てる。 凛々:友達じゃ、あるまいし。 珠衣:…………。 珠衣:えへ……。 0:飴細工の笑みと、渋面が並び。 0:日は傾き始め、潮騒に、松の葉が揺れていた。 : 0:後日。 0:観音町凛々のSNS上にアップされた、短い動画。 凛々:「はいどーもっ。見ての通りお休み頂きましてっ、 凛々:わたくし今日はっ、海にっ、来ておりまぁーーすっ。ザザぁ〜〜んっ。 凛々:ほいでほいでっ、なんとぉ〜っ、」 珠衣:「こんにちわぁ。」 凛々:「皆さんお待ちかねっ、凛々のボッチ友達のぉ、あボッチなのに友達って変だけど、」 珠衣:「繁珠衣です……、どうも。」 凛々:「独りで海はマジツラなんで付き合わせちゃってまぁ〜す。ごめんマジでぇ。いつもぉ。」 珠衣:「うふふ、ふ。楽しいでぇす。」 凛々:「結局今年もこの二人で海かぁ〜っ。去年から予想してたけど案の定〜っ。」 珠衣:「もう予定、空けてましたぁ。」 凛々:「あははっ。ってことでぇ〜っ、 凛々:さらばっ、夏ゥーーっ。 凛々:来年もまた、」 0:動画が途切れ。 0:笑顔のツーショットが静止し。 0:【終】

0:西暦2022年。 0:駅の構内のテレビ映像。とあるインタビュー。 凛々:「ええ〜っ、この夏ですかぁ〜っ? 凛々:いやもうホント、クランクアップしたばっかりなんでもう全然……、 凛々:考えらんないですね、基本ホント陰(いん)のね、陰(いん)の者なんで……、 凛々:え? インドアですよホント、全然ねー……、もう皆ねぇ、芸能人に夢を見ないでほしいですっ、寝てますから休みとかね、ホント……、 凛々:まあでもぉ、結局例年通り……、 凛々:珠衣(たまえ)とぉ、どっか行くぐらいじゃないですかねぇ。 凛々:明後日ぐらいにLINEしまぁす、あはははは……、」 : 0:動画投稿サイトの違法動画。とあるワイドショーの切り抜き。 珠衣:「凛々(りり)ちゃんは、そうですね……、本当に、オフでもあのまんまの人で……、昔からずっと、引っ張っていってくれるお姉さんというか……、 珠衣:あ、でも意外と、引っ張られて行った先では、私がお世話したりする事もあるんですけど……、ふふ。 珠衣:そう、夏……、今年も全然、パッとはしないと思うな……、 珠衣:取り敢えず、明日ぐらいにLINEが来ると思います。 珠衣:ふ、ふ、うふふふふ……。」 0:映像が途切れる。 : 【モノローグ】(凛々):今日も、明日も。 【モノローグ】(珠衣):わたしたちはウソをつく。 0:タイトルコール。 凛々:『偽想(ぎそう)バカンス』 珠衣:(声が重なり) 珠衣:『偽想バカンス』。 : 0:夏の終わり。 0:とある海辺の街。 0:瑠璃色のバスの窓、景色が揺れている。 珠衣:……ちゃん、 珠衣:凛々ちゃん。 凛々:(微睡みから醒め) 凛々:ン……、 珠衣:一応、もうすぐ着くけど。 珠衣:……寝とく? 凛々ちゃんだけ。 凛々:……何でよ。 凛々:あと寝てないし。 珠衣:いびき、かいてた。 凛々:かいてないし。 凛々:かくワケないでしょ、私が。 0:旧道を行くバスの速度は緩やか。 0:古びた冷房の、唸るような微かな音。 珠衣:1つ前の停留所で、降りて行った子たち……、 凛々:うん? 珠衣:気付いてた、かも。こっち見て、ひそひそ……、 凛々:撮られたァ? 珠衣:ううん。多分、スマホは出してなかったと思う。 凛々:じゃ、別に大丈夫でしょ。 凛々:撮られてたって、別に……。 凛々:SNSに上げたきゃお好きにィ、ってか。ハン。 珠衣:どうせ、今日の夜には上げるもんね? 写真。 凛々:その為に来てんだっつーの。 凛々:そもそも。ワザワザ。 珠衣:帰りたくなってきた? 凛々:最初から。来る前から。 凛々:……ナぁンで無理して予定空けて、こんなド田舎のキッタナいバス乗ってさァ、 珠衣:聞こえちゃうよ、 凛々:(ジトリと睨め付け) 凛々:アンタ、なんかと。 珠衣:…………。 珠衣:(滲み出すように笑み) 珠衣:……仕方ない、よね。これもお仕事、だから。 凛々:実質休み無し。家畜かっての。 珠衣:もう慣れたら良いのに。 珠衣:……それなりの事が無ければ……、 0:笑みは滲み、広がり、 珠衣:多分、一生、続くんだし。 凛々:…………。 珠衣:じゃない……? 凛々:……キモチワル。 凛々:アンタの、そーいうトコ。 珠衣:…………。 珠衣:えへ……。 0:凛々の気怠げな仏頂面を揺らし、バスが停車。 0:窓の外、波止めの林から海が垣間見え。 0:停留所の標識版には、「暁津浜(ぎょうずはま)」。 : 0:回想。4年前。 0:2018年、冬。都内某撮影スタジオ。 0:その、休憩所。 珠衣:……さん、 珠衣:観音町(かんのんまち)さん。 凛々:(気付き、顔を上げ) 凛々:はぁいっ! 凛々:あっ、もう次、シーン16ですかぁっ? すみませんスグにっ、 凛々:……って、 凛々:……うっわ。 珠衣:おつかれさま……、です。 0:ぺこり、とお辞儀する珠衣。後、清らかに見える、笑顔。 凛々:(辺りを窺い) 凛々:……1人? ……何なの? 珠衣:これ、良かったら。 0:静かに差し出す。湯気を立てる、ペーパーカップ。 凛々:何、コレ。 珠衣:スタバの、新作……。「飲みたいのにまだ飲めてない」、って。ブログに書いてた、から。 凛々:1階の、スタバで買って来たの?? ワザワザ?? 珠衣:お近付きの、印に……。 凛々:キモ。 凛々:あと……、 凛々:嫌いだから。甘いの。 珠衣:……、へぇ……、 凛々:ブログとか。担当の社員が適当に書いただけだし。 珠衣:ウソ、なんですね。 凛々:アンタもでしょ。 凛々:……繁(はん)、珠衣(たまえ)。 珠衣:……はい……、 珠衣:勿論。 珠衣:ふ、ふ……。 0:飴細工の如き笑みと、険のある渋面が交差する。 0:旧式の暖房器の、呻くような稼働音。 凛々:……何? 凛々:まあまあ疲れてんだけど、私。 珠衣:『ガルデラ』の、 凛々:は? 珠衣:CD……、わたし、持ってました、中学の頃。 珠衣:DVDも、友達と一緒に見たりして……。 珠衣:一人だけ、凄く、綺麗な子がいるな、って。 凛々:…………。 凛々:私も小学校の時、『パルプうぃっち』、観てたけど。 珠衣:あ……、恥ずかしい。 凛々:パッとしない子がやってるな、って思ってた。私の方がまだマシにやれるんじゃない、って。 珠衣:わたしも、そう、思います。 凛々:…………。 凛々:何? ツマンナイ話、しに来たんだったら、 珠衣:いいえ? 珠衣:面白いお話でも、ないと思うけど……。 珠衣:今日……、第4スタジオで、『未知彼(ミチカレ)』の撮影だから、 珠衣:「一人で行っておいで」、って。尚道(なおみち)さんが。 凛々:……あんたんトコの社長が? 凛々:……、何? 一体。 珠衣:聞いてない……? 凛々:仮眠室で寝てたし。まだウチの馬鹿マネージャーとまともに喋ってない。 凛々:……マジで、何? 珠衣:あなたと、わたしは。 珠衣:今日から親友、なんだって。 0:沈黙による静寂。 凛々:……、……、 凛々:ハぁン?? 珠衣:そうなる事に決まって、 珠衣:今日から、そう、して行くんだって。 珠衣:わたし達はこれから、オフの日に一緒に遊んだり、ご飯を食べたり、旅行に、行ったりして……、 珠衣:その度に写真や、動画を撮って、それを日本中の人に、見てもらうんだって。 珠衣:3年か、4年後には、わたし達が1番と2番、って、決まったから。 珠衣:……もう今の内から、始めておくんだって。 凛々:…………、 珠衣:だから、 0:甘さも、硬さも、冷たさすら通わぬ、虚と無の相貌。 珠衣:よろしく、ね……。 珠衣:凛々ちゃん。 0:唇だけは、笑みを模していた。 : 0:現在。 0:林を通る私道を抜けると、眼前に、青。 0:砂浜と、水平線のアーチ。 珠衣:着いた……。 凛々:……暑ァっつゥ……。 凛々:紫外線ウっザぁ……。 珠衣:反応、それだけ? 珠衣:海だよ……、ほら。 凛々:珍しくもないでしょ。 凛々:なんなら、こないだまで散々……、 珠衣:ロケ、湘南だっけ。 凛々:そーよ。年明けから撮影始まってたのに、よりによって最後、真夏に海て……。 凛々:最悪ゥ。マジで。 珠衣:愚痴ばっかり……。 凛々:しょうがないでしょ。気分アガりよう無いから。 珠衣:泳ぐ……? 珠衣:動画とか、撮る? 凛々:撮らない。何もしない。 凛々:……持ってきたの?? 水着、 珠衣:無い、よ。 珠衣:……誰も居ないから、裸でも、良いけど。 凛々:勝手にどーぞ。そんで盗撮されてネットの海にバラ撒かれて、どーぞ。 凛々:……にしても、 0:林と岩に間取られた、狭い浜辺を見渡す。 凛々:ホンっトに誰も居ない。釣りのオッサンすら。 珠衣:この時期なのにね……、 凛々:地元民すら来ないんでしょ。 凛々:こんなショボい、……ビーチって言うか……、 珠衣:砂場。 凛々:マぁジソレ。岩とかボコボコで危ないし……、 0:緩慢に周囲を見廻し。 凛々:…………。(溜息) 凛々:帰りたァ……。マジで。 0:渋面。沈黙。 0:波の音。 凛々:……、ちょっと、 凛々:どこ行くの? ふらふら……、 珠衣:(数歩、離れた所で) 珠衣:……松が、生えてる。 0:二人、並び。朽ちかけた針葉樹を見上げ。 凛々:コレ、松? 凛々:……キッタナ。枯れてるし、ほぼ。 珠衣:防砂林の名残り、かな。 珠衣:……独りぼっちの、最後の、生き残り……。 凛々:て、言ってたってツイートしたらイイわけ? 珠衣:良いよ……、書いても。 凛々:書くか。キモいわ。 0:海風が細い葉を揺らし。 0:何とはなしに、二人、松の樹を見詰め。 凛々:……樹とかの表面って。 凛々:よく見たらグロ……。 珠衣:そう……? 凛々:グロいじゃん、ボコボコでブツブツしてて……。切り株とか木目とかもキモいし。 珠衣:全部、キモいの? 凛々:結構、何でも、キモいっちゃキモいじゃん。 凛々:食べ物とかもよく見たらキモい。 凛々:肉とか魚とか、無理な時は無理……。 珠衣:思ったこと、ない。 凛々:キモくないのが当たり前、って思い込んでるだけでしょ、大概。 凛々:……人間の肌とかも近くで見たらキモいしな……。ブスとか美人とかの前に。 珠衣:毛穴、とか……? 凛々:……何か、表面の、筋の感じとか。細かく考えたらゾワってする。 凛々:近くで見たら全部一緒。 凛々:大体、みんな、全部キモい。 珠衣:疲れてる……? 凛々:元気そうに見えるゥ?? 凛々:もー、写真1枚撮る為に温存してるダケだし。こんな事でもなきゃ部屋で寝てんだから、マジで……、 珠衣:(不意に) 珠衣:わたしは、 0:虚無の貌。 凛々:……っ、 凛々:その、急に無の顔になるのヤメてって、 珠衣:やっぱり何も、思わない、かな。 珠衣:何を、見ても。近くで、見ても。 凛々:……、何ソレ? 珠衣:松を見たら、松だ、って思うし、 珠衣:お肉や、お魚や、……人の肌を見たら、 珠衣:お肉だな、魚だな、人の、肌だな、って、 珠衣:思う、だけ。 凛々:……、 凛々:だから何だってーの? 凛々:今更、私相手に何アピールか知んないけど、 珠衣:(遮り)意味が無いような、気がするから。 0:潮風。 0:波の音。 凛々:……意味ィ? 珠衣:…………。 0:日は高く、松の枝の下は一層暗い。 0:麦わら帽子の影に隠れ、珠衣の表情は窺えず。 珠衣:わたしたち、って……、 珠衣:ウソをつくのが、お仕事でしょ。 凛々:……、 珠衣:日本中に、世界中に、ウソの自分を見てもらって、お金を、貰って。 凛々:……皆がね? 凛々:ペーペーの新人も、ベテランの大御所サマも。 凛々:それこそコノ業界で生きて行くっていうなら全員が、 珠衣:わたしたちは、特別。 凛々:……、 凛々:暑さで脳ミソ湯立ったァ? 凛々:天狗か? 急に。 珠衣:ものすごく、たくさんの人に……、 珠衣:選ばれて、いるから。 凛々:「好感度番付け」? 凛々:「なりたい顔ランキング」? 凛々:アンタさァ私に1回勝ったぐらいで調子に乗ってんじゃ、 珠衣:(遮り)全部。 凛々:っ、 珠衣:……全部……。 珠衣:人気も、お仕事も、全部。 凛々:……、 珠衣:……座る? 凛々ちゃん。 凛々:(はたと気付き) 凛々:ああ……、 凛々:そー、ね。そーいや……。 凛々:……クソ暑い。ていうか。 0:二人、おもむろに移動し。松の幹に身を寄せ、しゃがみ込む。 珠衣:レジャーシートだけ、持って来た……。 凛々:……、私も。 珠衣:そうなの……? 珠衣:実はバカンス気分? 結構。 凛々:違うし。前に何も無くて写真撮る時困ったから。念の為。 0:各自、バッグよりシートを取り出し。 珠衣:あ……、 珠衣:かわいい、そのシート。『フェリージェム』の……、 凛々:……雑誌の撮影で使ったヤツ。 凛々:デカ目のペイズリー、良いじゃんって思って、 珠衣:買い取った? 凛々:けど。 凛々:結局仕事仕事で休みもなく……。 珠衣:夏が終わる前に、使えて良かったね。 凛々:……よりによってあんたなんかと。 凛々:こんな、映えのバの字も無い海で。 珠衣:わたしのはもうボロボロの、中学の頃から使ってるやつ……。 凛々:あざとォ。 凛々:イイって、何か番組の、私物チェックとかで言いなよ、そーいうの……。 0:砂の上のシートに腰を下ろし、膝を崩す。 凛々:はぁっ。 凛々:足疲れた……。……もー歩きたくない。 珠衣:バス停まですぐ、だよ。 凛々:すぐでも。カメラに映ってないトコでなんか一歩だって歩きたくない。 珠衣:撮っててあげようか。 凛々:誰が観んのよ、ソレを。 珠衣:わたし……。うふ。 凛々:キモ。 0:ふ、と息をつき、水分補給。 0:日陰の風は乾き、幽かな、秋の気配。 凛々:……一周回ってコレが現実かァ。 凛々:映画の中では、湘南のビーチで 凛々:「私とっ」! 凛々:「永遠を一緒にっ」! 凛々:「作ってくださぁいっ」! 凛々:とか言ってんのに。 珠衣:わぁ……、 凛々:んで花火ドーーーーン。 凛々:今の時代にホロミラージュでもないガチの花火ドーーーーーン。 珠衣:台詞のところ、もう一回言って……? 凛々:嫌だドーーーーン。 凛々:挙げ句に打ち上げ失敗してボヤ騒ぎドーーーン。そんで監督の拘りでもっかい打ち上げて予算オーバードーーーーーン。 珠衣:うふっ、うふふふっ、ふふ……。 凛々:その辺バカだから、あの人。 凛々:あコレ、試写会の時用に取っとくらしーから言っちゃ駄目だよ。 珠衣:うん……、わかったぁ。ふふ……。 凛々:んで……、実際はコレよ。 凛々:事務所命令で友達営業。全然リアルが充実してないしな、コレ。 凛々:そりゃ意外と庶民派、ってイメージでも売ってるけどさァ、 凛々:言ってこの、天下の観音町凛々がさァ、 珠衣:でも。 珠衣:……わたしたちに取っては、 凛々:んァ? 珠衣:どっちがリアルで、どっちがウソ、なのかとか……、 珠衣:もうわからない、ね。 凛々:……、 0:潮騒。 0:再び、影の中に陰が差し。 凛々:……さっき言ってたヤツ? 凛々:何なの、ソレ。 0:珠衣の、薄く細い唇が開き。 珠衣:今度……、来年の、春の舞台でお世話になる演出家の先生が、仰ってたんだけど……、 凛々:あーーー……、 凛々:アイツでしょ、弦ヶ崎(つるがさき)とかいうオバハン。 凛々:前に私の悪口言ってたらしーじゃん。嫌いって程も知らないヒトだけど、 珠衣:敵は、多そうな人……。 珠衣:でも、良く考えて喋る人、だと思った。 凛々:ふゥーん。 凛々:……ソイツが? 珠衣:言ってたのは……、 珠衣:役者でも、歌手でも、コメディアンでも……、 珠衣:芸の道で、生きている人間は、 珠衣:全員、一人残らず、 珠衣:……河原乞食(かわらコジキ)だ、って。 凛々:うわ、放送禁止用語キタ。ピー入るよピー。 珠衣:アイドルも、グラビアの子たちも、他の、どんなに芸が無い、芸じゃ無い、って、言われてる種類の人達も……、 珠衣:ソコからは逃れられないんだ、って。 凛々:……、 珠衣:それでどんなにお金を貰って、有名になって、偉くなったように見えても……、 珠衣:人から選ばれていなければ、存在を許して貰えない種類の人間達だから、 珠衣:全部同類の、物乞いなんだ、って。 凛々:……選ばれて、 珠衣:選ぶ側は、いつだって選ばれる側より偉くて。 珠衣:選ばれる側は、いつだって下なんだ、って。 珠衣:だからどんなに華やかに見えても、わたしたちは、お客様よりも、どんな人よりも、下の側に、居るんだ、って。 凛々:(思案) 凛々:…………、 凛々:ガチのセレブだったら芸能人を結婚相手に「選べる」けど、 凛々:芸能人としてどんだけ上に行ったって、セレブを「選べる」側にはなれない、みたいな話? 珠衣:そう……、そう、なの。 珠衣:やっぱり、凛々ちゃん、頭良い……。 凛々:要するに、だけどさ。 凛々:……、ハン。 0:皮肉げに嗤い。 凛々:まー確かに? 例えば私にしろ、あんたにしろ……、 凛々:そこそこガッツリ、色々にお金出させて、コッチに進ませて貰ったケド……。 凛々:逆に言えば、子供に芸能やらせる程度には品の無い家柄、ってコトだもんなァ? 珠衣:そう、だね……。 珠衣:私も……、中学ぐらいまでは、「凄いね」って、本当に、応援してくれる子もいたけど……、 珠衣:高等部の頃には皆、お腹の底では馬鹿にしてるんだろうな、って……、 珠衣:顔で、わかった。 凛々:……京都の、なんだっけ、あのお嬢サマ学校。 珠衣:「ジギタリス」。 凛々:で、大学で本格的にコッチ来て、か。 珠衣:そう。 珠衣:引っ越しの時も、一緒に写真、撮ったよね……。 凛々:マぁージで虚無の時間だったわ、アレ。 凛々:てか……、あざと。その感じで関西、しかも京都弁もイケるとか。 珠衣:そうかな……? 凛々:喋ってみてよ。「なんとかなんとかどすえ〜」、みたいな、 珠衣:うふ……。 珠衣:そんな風に喋る人、居なかったけど。 珠衣:……でも、本当に……、 0:偽りの友に向ける眼は、 珠衣:昔、普通に話してたような言葉、 珠衣:忘れちゃった……。 0:黒曜石の虚無の色。 凛々:……、 珠衣:声が、閊(つか)えて、どうやっても無理なの……。 珠衣:ドラマやお仕事の台詞だったら、大丈夫だと、思うけど。 凛々:…………。 凛々:あっそ。特に興味ナイけど。 凛々:……で?? 珠衣:あ……、えっと、 凛々:ソコソコの仕事貰って調子コキ始めてる演出家に、勢い任せで好きホーダイ言われて。 凛々:何をイマサラ、ナーバスになってるって?? 珠衣:……、そういう感じでも、ないけど……。 珠衣:ただ、あらためて思った、だけ。 凛々:何を。 珠衣:わたしたちは……、 凛々:一緒にすんなよ、あと。 珠衣:きっと誰からも、選ばれているのなら、 珠衣:きっと誰よりも……、下に居るんだ、って。 珠衣:不思議と、納得、したの。 凛々:……、 珠衣:だって……、ね? 珠衣:わたしが自分で選んで、好きだって、思える人よりも……、 珠衣:わたしを直接には知らなくて、でも、わたしを好きだって思って、選んでくれる人の方が……、 珠衣:ずっと、数が多いでしょう? 凛々:……アタリマエじゃん。 凛々:芸能人なんだから。 珠衣:でも、それでも、 珠衣:……あまりにも、違うな、って、 珠衣:……思っちゃった、の……。 凛々:……、 珠衣:だから、わたしの、わたししか知らない、自分の気持ちや、感情にも……、 珠衣:きっと、意味なんて、無いんだろうな、って。 凛々:……、 珠衣:だって……、わたしを好きって、言ってくれる人の殆どは……、 0:松の陰に虚無が揺れ。 珠衣:わたしを、しらないひと。 凛々:……、……。 0:海風。 0:渋面。 0:溜息。 凛々:……くっだらなァ。 凛々:病んでんじゃナイっつの。イッチョマエに。 珠衣:……ごめんね。 凛々:あんたさァ、 珠衣:うん、 凛々:覚悟が足んないだけだから。ソレ。 珠衣:……、 珠衣:覚悟……、 0:風が吹き、葉擦れの音。 凛々:ウダウダウジウジ言ってるけど。 凛々:1回落ち目になって消えた後、急にまたゴリ押しされ出して。 凛々:ビビってるダケ。 珠衣:…………、 凛々:頭で、理屈でどんだけ解ってたって意味ないから、こんなん。 凛々:そもそもが器じゃないんだし、アンタなんて。 珠衣:……、 凛々:画面に映って、商品になって流れてる時点で、リアルはそっち。 凛々:……ワルイけど全然わかんないわァ。アンタよりは後だけど、デビューからずゥーーっと売れてて、最終今が一番売れてて。 凛々:選ばれてない時の方が少ないから。私って。 珠衣:……知ってる……。 珠衣:(微かな囁き)誰よりも。 凛々:ショセン子役崩れの癖に。 凛々:調子乗って諦めたみたいなカオして。ギャップに着いてけてないのを、カッコつけて達観したみたいにさァ? 凛々:偉そうに言っといて、結局アンタが一番ウェットなんじゃん。 珠衣:……、 凛々:ガクセー気分が抜けてないんじゃないの。 凛々:慣れが足んないのよ、 凛々:「覚悟」って慣れの事だから。 珠衣:慣れ……、 凛々:「やれ」って言われて。 凛々:「やる」って言った癖に。 凛々:大事にし過ぎと違うか、自分のキモチ。 珠衣:……、気持ち……、 凛々:そんなザマでこの先持つ? 凛々:一生、続くんでしょ。あんたが言うには。 珠衣:……、 珠衣:……。 0:珠衣は、黙考。凛々は憮然と、幾度目かの溜息。 凛々:嫌ならスパっと辞めれば。 凛々:そーしてくれた方が精神衛生上助かるわ。知ってると思うけど……、 凛々:私、あんたのコト大っ嫌いだから。 珠衣:…………、 珠衣:…………。 0:遠く、海の向こうで波の轟き。 0:珠衣の唇が帽子の影で、僅か、滲むように笑み。 珠衣:…………さっきね……? 凛々:あん? 珠衣:さっき……、何を見ても、自分では何も、感じないって、言ったけど……、 凛々:……、何、 珠衣:海とか、空とか、大きな、綺麗な物を見たり……、 珠衣:人の、お肌とかを、見た時はね、 凛々:肌……? 珠衣:今日は、荒れてるな、とか……、 珠衣:いつも、綺麗だな、とか……、 珠衣:そういうことは、思うし、感じるの。 凛々:……だったら、何も感じてなくないじゃん、て。 凛々:もーイイから。何なの?? 0:じ、と、珠衣の視線を感じ。 凛々:……凝視すんな、人のカオを。 珠衣:……凛々ちゃんは、いつも肌、綺麗。 凛々:キ、キんモっ! キモからのキモっっっ!! 凛々:…………限界じゃ。 凛々:とっととツーショット撮って帰るし。ほらスマホ、 珠衣:(不意に) 珠衣:凛々ちゃん。 凛々:っ、……何、 珠衣:今日は……、 珠衣:本当に、ありがとう。 珠衣:一緒にお出かけ、してくれて。 0:笑みの形の、陰影。 凛々:(眉根を寄せ) 凛々:…………。 凛々:アンタんトコのマネージャーに言っとくわ……。 凛々:「おたくの看板、このままじゃ近い内、使い物にならなくなるぞ」、って。 珠衣:……、 凛々:おクスリなり、カウンセリングなり。 凛々:セーゼー社会人として、マットーでテキセツなケア、してもらえばァ? 0:暫し、波音だけの静寂。 珠衣:…………。 珠衣:……うふ、ふ、ふ……。 珠衣:うふふふふふ、ふ……。 凛々:キモ。その笑い方も嫌いだわァー……。 珠衣:凛々ちゃんは……、 珠衣:ケア、してくれないんだね……? 凛々:…………、 0:辟易を隠さず、 凛々:するワケないじゃん、て……。 0:人の為ならざる言葉を、吐き捨てる。 凛々:友達じゃ、あるまいし。 珠衣:…………。 珠衣:えへ……。 0:飴細工の笑みと、渋面が並び。 0:日は傾き始め、潮騒に、松の葉が揺れていた。 : 0:後日。 0:観音町凛々のSNS上にアップされた、短い動画。 凛々:「はいどーもっ。見ての通りお休み頂きましてっ、 凛々:わたくし今日はっ、海にっ、来ておりまぁーーすっ。ザザぁ〜〜んっ。 凛々:ほいでほいでっ、なんとぉ〜っ、」 珠衣:「こんにちわぁ。」 凛々:「皆さんお待ちかねっ、凛々のボッチ友達のぉ、あボッチなのに友達って変だけど、」 珠衣:「繁珠衣です……、どうも。」 凛々:「独りで海はマジツラなんで付き合わせちゃってまぁ〜す。ごめんマジでぇ。いつもぉ。」 珠衣:「うふふ、ふ。楽しいでぇす。」 凛々:「結局今年もこの二人で海かぁ〜っ。去年から予想してたけど案の定〜っ。」 珠衣:「もう予定、空けてましたぁ。」 凛々:「あははっ。ってことでぇ〜っ、 凛々:さらばっ、夏ゥーーっ。 凛々:来年もまた、」 0:動画が途切れ。 0:笑顔のツーショットが静止し。 0:【終】