台本概要
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タイトル | 【1:1】瀬を逸み(せをはやみ) |
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作者名 | かりんと (@karintoo_mgmg) |
ジャンル | 時代劇 |
演者人数 | 2人用台本(男1、女1) |
時間 | 50 分 |
台本使用規定 | 非商用利用時は連絡不要 |
説明 |
落ちて、零れて、散って、崩れて、萎んでいったとしても、それでもいつか、何処かで舞えると。 それだけを信じて。 【瀬をはやみ 岩にせかるる 滝川の わかれても末に 逢わむとぞ思ふ】 川瀬の流れが早いので、岩にせき止められた急流が二つにわかれてもまた一つになるように、貴方と別れてもいつかはきっと逢おうと思う。 ===================== 時代劇風味ラブストーリーです。 演者の性別は問いません。 大きくストーリーの変更を伴わないアドリブは大丈夫です。 使用時にひと言頂けると、私が泣いて喜びます。 誤字脱字の報告はTwitterまでお願いします。 361 views |
キャラ説明
名前 | 性別 | 台詞数 | 説明 |
---|---|---|---|
信之助 | 男 | - | (しんのすけ)キヨの幼なじみで、同じく孤児。商人の旦那に拾われて手伝って過ごしていた。成人後に手代(てだい)へと昇進した。 |
キヨ | 女 | 192 | 幼い頃に村が襲われて、孤児となる。色んなところを転々として今は料理屋で中居として働いている。 |
※役をクリックするとセリフに色が付きます。
台本本編
0:登場人物
キヨ:幼い頃に村が襲われて、孤児となる。色んなところを転々として今は料理屋で中居として働いている。
信之介:(しんのすけ)キヨの幼なじみで、同じく孤児。商人の旦那に拾われて手伝って過ごしていた。成人後に手代(てだい)へと昇進した。
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0:ここより本編
キヨ:(M)目を瞑れば、何も見えない。
キヨ:(M)それだけが私の救い。
キヨ:(M)今日も私は目を瞑る。
キヨ:(M)音も匂いも味も、肌に触れるものも、
キヨ:(M)分からなければ無いのと同じ。
キヨ:
キヨ:(M)落ちて、零(こぼ)れて、散って、崩れて、
キヨ:(M)萎(しぼ)んでいったとしても、それでもいつか、
キヨ:(M)何処かで舞えると、
キヨ:(M)それだけを信じて。
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信之介:「キヨ!!?キヨじゃないか?」
キヨ:「え…?」
信之介:「俺だよ。隣の家だった信之介。」
キヨ:「あぁ…。」
信之介:「こんな所で会うこともあるんだなぁ。」
キヨ:「…そう、ね…。」
信之介:「おいおい、昔の威勢はどうしたんだ。」
信之介:「鬼のキヨも、今じゃぁべっぴんさんってか?」
キヨ:「ふふふ。辞めてよ、しーんちゃんっ。」
信之介:「そうだそうだ、俺はしんちゃん!」
キヨ:「何言ってんのよ。」
信之介:「昔の馴染(なじ)みに会えるなんて思っていなかったからな。嬉しくて、つい。」
キヨ:「私もなんだか懐かしい気持ちだわ。」
キヨ:「…しんちゃんはここお店の手代(てだい)か何か?」
信之介:「おう。いい旦那に拾われてな。」
信之介:「キヨは…、どうしたってこんな所に居るんだ。」
キヨ:「(少し早口で)…えっと…私はちょっと町から外れた料理屋さんで中居をしてるの。」
キヨ:「村が襲われたじゃない?あの後色んな所を転々としてて…」
信之介:「あー、あん時は、俺たちもはぐれちまったもんなぁ。」
信之介:「おばさんとおじさんには会えたのか?」
キヨ:「いいや。もう、諦めてる。」
信之介:「そうか…。」
キヨ:「しんちゃんの所は?」
信之介:「俺のところも、もう…。」
信之介:「だからさ、ほんとに田舎の人と話すのなんてあの時以来なんだ。」
キヨ:「わたしもよ。」
信之介:「2人とも慣れない言葉で話しちまって、変な感じだな。」
キヨ:「ほんとにね。」
信之介:「そうだ!今日は何をお求めで?」
キヨ:「ふふ、本当に手代さんなのね。」
信之介:「あったりめぇだ。ほら、昔のよしみで安くするぞ?」
キヨ:「そんなことして、怒られない?」
信之介:「大丈夫だ。ちょっとくらい。これでも繁盛してんだ。」
キヨ:「ふふふ。すごいのね。」
キヨ:「ねぇそれじゃあ、簪(かんざし)を見たい。安くて品がいいって噂を聞いて来たのよ。」
信之介:「任せてくれよ。こっちだ。…どれがいい?」
キヨ:「わぁ…。やっぱり素敵ね。」
キヨ:「というか安くない!?大丈夫なのこれ?」
信之介:「腕を磨きたくて数をこなす見習いの品なんだよ。」
信之介:「それでも良いもんはゴマンとあるからな。」
キヨ:「なるほどねぇ。」
信之介:「俺だって、仕入れに出たりしてるんだぜ。」
キヨ:「ホント?」
信之介:「なんだ。信用がねぇなぁ。」
キヨ:「だってこんな趣味のいいものばっかり。」
信之介:「疑ってんのか?」
キヨ:「いいや、そういうことじゃないわ。」
信之介:「は?何が言いたいんだ?」
キヨ:「素敵な人たちに出会えたんだなと思って。」
信之介:「あぁ、メチャクチャ鍛えられたんだぜ?」
キヨ:「ふふふ、そうねぇ。」
信之介:「例えばな、あれあるだろ。あの螺鈿細工(らでんざいく)のやつ。」
キヨ:「螺鈿…??キラキラしてるやつよね。よく見る。」
信之介:「あれはな、貝殻の裏側のキラキラしたやつをはめ込んで作られてんだ。」
キヨ:「ホンモノの!!?」
信之介:「あぁ、そうさ。俺たちの故郷の貝がよく使われたりするんだぜ。」
キヨ:「…ほんとに勉強してたのねぇ。」
信之介:「そうだろ?割と頑張ったんだ。」
キヨ:「うーんと、…ねぇねぇ、この椿のなんて素敵じゃない?」
信之介:「この貝のは?」
キヨ:「うーん。ちょっと手が出ないかなー。私には高すぎるや。それに…。」
信之介:「(被せるように)あーまぁ、確かにもうちょっと上の人が使う柄だしなぁ。」
キヨ:「えー、私にはその柄が似合うって言いたかったの?」
信之介:「あーあーー!!違うってば!」
キヨ:「ほんとにぃ??」
信之介:「ほんとほんと!!!」
信之介:「さっきから信用ないなぁ。」
キヨ:「だって、あのしんちゃんよ?」
信之介:「俺だって大人になったの!!」
信之介:「てか、キヨが持ってるその椿のやつ。まだ先の季節じゃないか?菊とかの方がいいんでないか?冬まで使えるぞ?」
キヨ:「あぁ。いいのよ。これを使うためなら頑張れそう。」
キヨ:「それに…、私にはこれがピッタリ。」
信之介:「おー、そーなのか?まぁ、キヨがそれでいいならそれでいこう!」
キヨ:「ふふ、ありがとう。」
信之介:「それにな、それもだぞ!!」
キヨ:「え?」
信之介:「俺が仕入れたやつ!」
キヨ:「そうなの?なんか不本意。」
信之介:「なんでだよ笑。」
キヨ:「何となく。」
信之介:「もー、そーいうところが、キヨだよなぁ。」
キヨ:「そっちこそどういうことよ!」
信之介:「なーんでもない。」
キヨ:「うーーー。とりあえず、これ頂戴!!」
信之介:「んーじゃあ半額のこんくらいでどうだい。」
キヨ:「いいの???」
信之介:「あぁ、その代わりまた来てくれよ。」
キヨ:「…新しいのが、欲しく、なったらね。」
信之介:「いつでも待ってるからな!」
キヨ:「ありがと。」
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信之介:(M)久々に見たキヨは少し細く青白くて、
信之介:(M)それがなんだか妙に艶(なまめ)かしくて…。
信之介:(M)大人になっていたから、
信之介:(M)真っ直ぐには見られなかった。
信之介:
信之介:(M)自分はもう過去の人間。
信之介:(M)そう思わされてばかりだ。
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信之介:「キヨ!!久しぶりだなぁ」
キヨ:「しんちゃん…。」
信之介:「美人さんがまた来てくれて嬉しいなぁ。」
キヨ:「どの客にも言ってるのが丸わかりよ。見境なし。」
信之介:「失礼な!話術と言ってくれっ!」
キヨ:「そんな単純なものには騙されませんー。」
信之介:「ちぇ。みんな喜んで買ってってくれるのになぁー。」
キヨ:「しんちゃんに、私の目は誤魔化せない!」
信之介:「参った参った。」
信之介:「でも、なんか探してるんだろ?」
キヨ:「そうなの!中々合うものが無くって。」
信之介:「何が?」
キヨ:「櫛と紅。前のが駄目になってて。」
信之介:「あーそいつらは消耗品だからなぁ。」
キヨ:「割とすぐ無くなってしまうのよねぇ。」
信之介:「いいでないか?お洒落を楽しんでる証拠だ。」
キヨ:「そうだといいんだけどね。」
信之介:「とりあえず、希望とかあるか?」
キヨ:「うーん。あの簪を買った私の手が出るやつ。」
信之介:「はは。こいつらはピンからキリまであるからな。そりゃ間違いねぇ。」
キヨ:「なんかごめんね。」
信之介:「いいんだいいんだ。それならこの辺だな。」
キヨ:「とりあえず櫛かなぁ…。」
信之介:「欲しいのは飾り?」
キヨ:「ええ、この前使った時に一本折れてしまって。」
キヨ:「しかもほぼ使ったことなかったのよ。」
信之介:「うわ、悲しいやつだな。」
キヨ:「そうよ、何となく縁起も悪い気がするし…。」
信之介:「新しいの買って忘れちまいな。ほらほら、どれがいい?」
キヨ:「うーん。多いわね…。」
信之介:「キヨが好きなのはこれとかあれかな。」
キヨ:「その二つで悩んでるの。よくわかるわね。」
信之介:「鬼のキヨが実はこういう花柄に昔からひっそり憧れてたの、隣のしんちゃんは知ってたりして?」
キヨ:「あーもう、そんな呼び方しないでよ!」
信之介:「いやー、あんときのキヨは怖かった。」
信之介:「鬼ごっこででんをついた後のキヨと言ったら。」
信之介:「すごい形相で追いかけて来てたもんなぁ。」
キヨ:「でんつき返ししてなかっただけ感謝なさい??」
信之介:「あー本性表したな!怖い怖い。」
キヨ:「もう今はしないわよ。」
信之介:「はは。それもそうか。」
キヨ:「というより、私が花柄が好きなの知ってたの?」
信之介:「知ってたというより、やっぱりなって感じ?」
キヨ:「どういうこと?」
信之介:「あん時からキヨは花が好きだったろ?」
キヨ:「な、なんで知って…!」
信之介:「みんなが踏んでるようなところでも気をつけて歩いてただろ。ぴょんぴょん跳ねて。」
信之介:「あの裏の道の、綺麗にしてあったのもキヨがやってたろ?」
キヨ:「こっそり、ね。」
信之介:「気がついてたのは俺くらいだよ。」
キヨ:「なんで気がついたの!?」
キヨ:「誰も見てないのを見計らってやってはずなのになぁ。」
信之介:「さぁ、なんでだろうな。」
信之介:「さ、選んだ選んだ。これは…どっちも梅柄かぁ。」
キヨ:「やっぱりこれは派手かしら…。」
信之介:「うーん。俺はいいと思うぞ。」
信之介:「最近はこんくらいのが流行りで。ほら、そこ歩いてる子のも大きな柄物だろ?」
キヨ:「私でも大丈夫かな。」
信之介:「キヨなら何でもいけるさ。」
キヨ:「ふふ、ほんとに上手。」
信之介:「これは本音だよ。」
キヨ:「はいはい。」
信之介:「心は決まった?」
キヨ:「うん、こっちにする。」
信之介:「お、ちょっと勇気だしてみる?」
キヨ:「今までと雰囲気も大分違うし、いいかなって。」
信之介:「絶対似合うよ。保証する。」
キヨ:「さすが。お店のお人は言うことが違うわ。」
信之介:「辞めろよ照れるだろ。」
キヨ:「(笑い声)」
キヨ:「あ、ねぇねぇ!この貝殻に入った紅は?」
信之介:「さっすがキヨサンお目が高い!」
キヨ:「それも話術…?」
信之介:「いやいや、これはホントに凄い変わった品でな?」
信之介:「中に桜が練り込まれてるんだ。」
キヨ:「桜ってあの桜?」
信之介:「そうだよ。なんかいい感じだろ?」
キヨ:「確かに素敵ね。」
信之介:「(声を潜めて)それにな、ここだけの話なんだけど…。」
キヨ:「え、なに?」
信之介:「接吻をした時なんかに微かに薫るのがまた、たまらないらしい。」
キヨ:「あーもうっ!」
キヨ:「買うのが恥ずかしくなっちゃうじゃないっ。」
信之介:「気に入ったの?」
キヨ:「それは…。うん。」
信之介:「じゃあ、これは俺からの奢りだ。」
キヨ:「いいよ、それは。」
信之介:「いいだろ?俺が奢りたい。」
キヨ:「ん、じゃあ甘えようかな。」
信之介:「俺からの贈りもんだ。大切にしろよ。」
キヨ:「…うん。ありがと。」
信之介:「なぁ、キヨ。この後時間ないか?」
キヨ:「ん?どうして?」
信之介:「久々に会えたんだ。前は誘い損ねたけど、話したい。」
キヨ:「うーん。しんちゃんの店番は?」
信之介:「少しくらい融通が効くさ。だから、な?」
キヨ:「この後は私が仕事よ。長く店を開けると怒られちゃう。」
信之介:「そう、なのか。」
信之介:「いつなら会える?」
キヨ:「しばらくは無理かな。」
信之介:「そんなに厳しいところなのか?」
キヨ:「別にいいでしょっ。ほっといて。」
信之介:「何も言わないよ。お互いにいい大人だ。でも、身体には気をつけるんだぞ。」
キヨ:「…何それ?分かって言ってるの…?」
信之介:「え?」
キヨ:「いや、何も無い。忘れて。」
信之介:「どうした?大丈夫なのか?」
キヨ:「どうせ、しんちゃんには分からないわよ。だってこんなに純粋で綺麗なものを売ってるんだもの。」
信之介:「キヨだって立派に働いてるんじゃないのか?」
キヨ:「世間知らずもいい加減にしなさいよ。」
キヨ:「もう、気づいてるんでしょ?」
信之介:「…なに、が?」
キヨ:「この辺の料理屋がどういうところかくらい聴いてるでしょうに。増してや商人なんて顔も広いでしょ?」
信之介:「それ、は…。」
キヨ:「しんちゃんの思う通りよ。名前ばかりの料理屋で遊郭の真似事をしてるの。まぁ、真似事だし、碌に稼げやしないけど。」
キヨ:「あぁ、私もちゃんと初めに言っとけば良かったわね。もうあの時のキヨじゃないのって。ごめんね、悪いことしたわ。」
信之介:「キヨっ。」
キヨ:「もう私はキヨじゃないわ。メイって言うのよ。」
信之介:「キヨ…。」
キヨ:「お願いだから、その名前で呼ばないで。もう違うから。」
キヨ:「…急にこんな話してごめんね。忘れて。もう帰るわ。」
信之介:「俺にとってキヨはキヨだよ。」
キヨ:「しつこいわね。もう、会わない方がいいわ。会いたくないの。」
信之介:「待ってくれ、話がしたい。」
キヨ:「それなら・・・!」
キヨ:「それなら、融通の効くそのお金と時間を使ってお店に来れば?」
キヨ:「(丁寧に)精一杯おもてなし致しますよ。」
信之介:「…分かった。絶対に会いに行くからな。待ってろよ。」
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キヨ:(M)目を開けろ目を開けろと執拗(しつよう)な声がする。
キヨ:(M)それでも私は、必死に目を瞑る。
キヨ:(M)だってもう、天井の色味も紋様も全部覚えた。
キヨ:
キヨ:(M)これ以上何も見たくない。
キヨ:(M)これ以上、堕ちた自分を知りたくはない。
キヨ:
キヨ:(M)それに、どれだけ大きく目を見張ったとしても、
キヨ:(M)零れ落ちる涙など、とうの昔に枯れ果てているから。
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信之介:「キヨを出してくれ。」
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信之介:「昔の馴染みなんだ。始めてきたところで申し訳ないけど。」
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信之介:「え、居ない?」
信之介:「あぁ、…メイだ。メイを。」
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信之介:「…分かった。部屋に居とけばいいんだな。」
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キヨ:「失礼致します。」
信之介:「キヨ…。」
キヨ:「せめて此処ではメイって呼んで。」
信之介:「あぁ…、済まない。」
キヨ:「ほんとに来たのね。呆れた。」
キヨ:「それとも、こういう所には慣れてるのかしら。」
信之介:「初めてだよ。緊張してる。」
キヨ:「あらそう。ふふ、今日は何をしたいのかしらぁ。」
信之介:「何もしない。お願いだから身体を大切にしてくれ。」
キヨ:「大切にするものなんて何もないわ。」
信之介:「頼むよ。一緒に近所に嫁いだ綺麗な花嫁さんをみて、あぁなりたいって言ってたじゃないか。」
キヨ:「ホントに無神経ね。もうとっくにそんな気持ち散り散りになって消え去ってるっていうのに。」
キヨ:「しかもさっきから何?見て見ぬふりしてたくせに何を言ってるの?」
信之介:「それは!信じたくなかったんだっ。」
キヨ:「なんでも一緒でしょ。」
キヨ:「私はしんちゃんの求めるキヨじゃなかった。それだけよ。」
信之介:「なぁ、戻ることは出来ないのか。」
信之介:「金ならある!あるだけ持ってきた。」
キヨ:「ほんとに何も知らないのね。」
信之介:「え?」
キヨ:「私は借金がある訳でもお金に困ってる訳でも、憐れんで欲しい訳でもないわ。」
信之介:「どういう…?」
キヨ:「どうせ、こんな所で働いてるのは、そんな人たちだと思ってるんでしょ?」
信之介:「ちがう…のか…?」
キヨ:「さぁね。でもそれは、私には必要ないわ。持って帰って。」
信之介:「これは俺には必要ないもんだ。受け取ってくれ。」
キヨ:「とりあえず、そんなもの要らないから!帰って!」
信之介:「受け取るまで帰らない。」
キヨ:「じゃあ私が部屋から出るわ。もう金輪際私も前に出てこないでっ!」
信之介:「キヨっっ!!」
キヨ:(M)ご丁寧に、綺麗な牡丹の風呂敷に包まれたそれは、
キヨ:(M)私が知るのとは違ってずっと綺麗な代物で、
キヨ:(M)触れてはいけないものだった。
信之介:(M)かける言葉など最初からなかった。
信之介:(M)キヨはやはり自分の知らない世界にいる。
信之介:(M)続けて接客しているのだろう。
信之介:(M)崩れて肩にかかるその着物をどうにもできない自分が無性にむなしくて、
信之介:(M)行き場のない手をキヨの去る方に向けて泳がせた。
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キヨ:「あら、いらっしゃい。」
キヨ:「お連れの方は初めましてかしら。」
キヨ:「では、私と一緒にお部屋に行きましょ。」
キヨ:「旦那はいつも来てるじゃないですか。」
キヨ:「今日はこの方と一緒がいいのっ。」
キヨ:
キヨ:「ここは一応いいお酒揃えてるんですよ。」
キヨ:「何がいいです?」
キヨ:「え、それはちょっと。もっと仲良くなってからですよ。」
キヨ:「きゃっ!えっ、あっ…っ!!!」
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信之介:「…えぇ、確かにうちの店でございますが…、岡っ引き(おかっぴき)さんがなんの御用で。」
信之介:「おぉ、そちらご奉行さんでいらっしゃいましたか。いつも良くして頂いて…。」
信之介:
信之介:「あぁ、確かに彼女は、うちに居ましたで。随分と前に何処かへ嫁に出たと聞いておりますが…。」
信之介:「なんでも、自分と同じように一人で居るところを旦那に拾って貰ったみたいで。自分よりちょっと前から奉公っつー扱いで置いてもらってたもんで、自分にもこのお家での掟や決まりなんかを色々教えてくれたのも彼女でございますから、間違いありません。」
信之介:「今は…?何をしておるのだか分かりませんが。」
信之介
信之介:「え…。死んだ…???」
信之介:「うちの旦那が…!!?そんなはずは!」
信之介:「冗談だと言ってください。たのみます!」
0:
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キヨ:「だんなさまぁ、本日はいかがお過ごしで?」
キヨ:「…えっ。いやですねぇ、ほんとうにご冗談がお上手で。」
キヨ:「いや、うちのお客は他にもいらっしゃいますから。」
キヨ:「確かにお金は頂いてますが…。」
キヨ:「うちの女将が…?わかりました。とりあえずお部屋に向かいましょ。」
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0:数日後(間)
信之介:「(憔悴しきった様子)『メイ』を部屋に上げて貰えないだろうか?」
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キヨ:「失礼いたします。」
信之介:「あぁ。来たよ。」
キヨ:「本日はどのようにお過ごしで?」
信之介:「お前と話をしに来た。」
キヨ:「(ため息)この前も言ったでしょ。今更しんちゃんと話すことなんてない!」
信之介:「今日の俺は客だ。」
キヨ:「こんなところまで来て何のつもり!?」
信之介:「そうは言わず聞いてくれないか。」
信之介:「お前の言う『こんなところ』まで来てでも誰かに話さないと、何ひとつ自分ひとりで抱えては居られない哀れな男の独り言だ。」
キヨ:「もう勝手にして。」
信之介:「俺はさ、村が燃えちまったあの日からずっと物乞いして生きてきたんだ。何人かの仲間と市場の端に座ってな。」
信之介:「見向きもされないさ。小銭どころか石をぶつけられて生きてきた。」
信之介:「隣で笠を売りに来てる爺さんと客が話すんだ。将軍さまが変わって平和が訪れたーだの、暮らしも随分楽になったーだの。」
信之介:「俺たちはこんなに苦しいのに。誰も見てやしないんだ。」
キヨ:「そんな暮らしの時もあったのね…。」
信之介:「そんな時に会ったのがうちの旦那でさ…。あぁ、こん時に気がつくべきだったんだ…。」
信之介:「お前は賢そうだから来いってさ。俺だけだ。俺だけ拾って貰ったんだ。」
信之介:「良いもん食わせてもらって、良いもん着せて貰って、勉強までさせてもらって。あぁ、やっと苦しみを分かって貰えたんだってずっとそう思って生きてきた…。」
信之介:「苦しみがわかる人は苦しんでる人を利用出来る人間だなんて気がつかなかったんだ。」
信之介:「女たちを…、良くない方法で売ってたらしい。相手も見極めずに銭だけ勘定して。」
信之介:「大人になってから俺が初めて心を開いた人は使い古されて死んでったと…。」
キヨ:「どうってことない。よくある話ね…。」
信之介:「そうなんだな。」
キヨ:「私たちの中では、ね。」
信之介:「まじめに働いてたんもなんだか馬鹿らしくなっちまって。」
信之介:「取ってきちまった。」
キヨ:「え?」
信之介:「うちの奥で扱ってた反物(たんもの)だ。上等な朝顔文(あさがおもん)だ。」
キヨ:「なんてことを・・・!」
信之介:「もうあの店は奉行所にひっくり返されちまって何が何だか分かんねぇんだ。」
キヨ:「でも・・・。」
信之介:「そうだなぁ、戻れることはないかな。」
信之介:「受けっとてくれやしないか?」
キヨ:「どうして。」
信之介:「俺の覚悟だ。もう同じところには帰らない。」
キヨ:「わかった。預かっておく。」
信之介:「なぁ?俺はこれから何を信じればいいんだろうな。」
キヨ:「・・・なにも。」
信之介:「え?」
キヨ:「なにも信じなければいいのよ。」
信之介:「・・・?」
キヨ:「自分だけ信じて。全部自分が操るの。」
キヨ:「ずっとそう思っていたわ。」
キヨ:「だって、信じても何もいいことなんて起こりやしない。彷徨う私は利用されるだけだわ。」
キヨ:「だから、、、。だから!逆に使ってやったのよ。」
キヨ:「金づるとして良いようにねっ。」
キヨ:「私の食べるものだって、あんたから買ったもんだって私のモノは全部!全部ぜーんぶあいつらから出来てるのよ。」
キヨ:「搾取されるだけの女じゃないっ。全部自分で望んでやってるのよ。」
信之介:「やっぱり強いな、キヨは。」
キヨ:「でも…、でも、しんちゃんがっ」
信之介:「は?」
キヨ:「ねぇなんで?なんで会っちゃったんだろうね。」
キヨ:「会わなければ、ずっとそう思っていられたのに。」
キヨ:「ねぇ、私、気がついちゃった。結局力には勝てないのよ。使われてたのは私の方。」
信之介:「それは…。」
キヨ:「あぁ、気は遣わなくていいわ。事実だもの。」
キヨ:「馬鹿よね。あんだけ啖呵切っておいて、後で気がつくだなんて。」
キヨ:「1回しんちゃんが、昔の私を知ってる人が、お客さんとして来て、その後はもう駄目だった。」
キヨ:「今まで自分を保ってた気持ちも何もかも萎んでしまって、今までどうしてたのかすらも分からないのよ。」
キヨ:「しんちゃん。私たち、どうすればいいんだろうね。」
0:気まずい間
信之介:「なぁ?」
キヨ:「なに?」
信之介:「もう俺たち、死んでしまおうか。」
キヨ:「え?」
信之介:「だってもう、十分頑張っただろ。」
信之介:「火から逃れて、親を亡くして。それでもここまで生きてきたんだ。」
信之介:「働いて働いて。お互いに体も心ももう滅茶苦茶じゃないか。」
信之介:「もう、楽になりたいよ・・・。」
キヨ:「いいの?」
信之介:「ん?」
キヨ:「私、もう楽になっても、いいのかなぁ。私でも、らくになれるのかなぁ。」
キヨ:「向こうにいた頃だって今だって。幸せを感じていても、それは見せかけばかりで、崩れ落ちていく。そんなことにはもう、疲れたのよ。」
信之介:「キヨはもう頑張ったよ。俺も。だからさ、もう、辞めよう。」
信之介:「苦しむのは終わりにしよう。」
キヨ:「うん・・・。うん!!!」
信之介:「なぁ、どうすればいいのかな?」
キヨ:「成功したいわ。騒ぎになっては駄目。」
信之介:「夜のうちか?」
キヨ:「ふふ、ここがどこだと思っているの。夜は駄目。」
キヨ:「夜が明けて、皆が眠りこけてるころにしましょう。」
信之介:「分かった。」
キヨ:「…ねぇ、しんちゃん?」
信之介:「なんだ?」
キヨ:「お浄土(じょうど)ってどんなところかしらねぇ?」
信之介:「きっと素晴らしいところだ。」
キヨ:「ねぇ、私たちあっちでも逢えるかな。」
信之介:「きっと逢えるよ。」
キヨ:「ほんとうに?」
信之介:「いつもいつも、疑ってばかりいるな。」
キヨ:「だって、何も信じられないもの。」
キヨ:「しんちゃんも分かってるでしょ?信じて傷つくくらいなら、信じない方がマシなのよ!」
信之介:「…なぁ、これをやっぱり受け取ってくれないか?」
キヨ:「え?これは?」
信之介:「菊の簪。」
キヨ:「こういうのは迷惑だって言ったのに!」
信之介:「分かってる。でもこれだけ。」
キヨ:「今までのも全部酷いことしたのに。どうしてっ。」
信之介:「菊はな、別名、隠逸(いんいつ)の花って言うんだ。」
キヨ:「いんいつ?」
信之介:「あぁ、そうだよ。どんな暗闇の中に隠しても、清らかな匂いでそこにあることが分かる。そんな花だ。」
信之介:「だから、その簪を離さないでくれ。」
信之介:「そうしたら俺は、必ず見つけ出す。」
キヨ:「付けていればいいの?」
信之介:「あぁそうだ。」
キヨ:「見つけて、くれるのね…?」
信之介:「あぁ、約束しよう。絶対にだ。」
信之介:「信じてくれ。」
キヨ:「ふふ、分かった。信じる。」
信之介:「今、試しにつけてみろよ。」
キヨ:「うーんと、こう?」
信之介:「あぁ、やっぱりよく似合う。」
信之介:「その白い肌には桃色が一番いいと思ったんだ。」
キヨ:「ありがとう。『その時』には絶対に外さない。」
信之介:「こちらこそ付けてくれてありがとう。本当はずっと、渡したかった。」
キヨ:「え?」
信之介:「たとえまた、別れてしまったとしても、」
信之介:「いつでも会えますようにって。」
信之介:「遠くに行きませんようにって。」
キヨ:「そう、だったの…。」
信之介:「でももう、渡しちゃいけないんだなって、そう思って避けてた。」
信之介:「縛りつけちゃいけねぇって。」
キヨ:「しんちゃん・・・。」
信之介:「それでも、もう一度会うことを願ってくれるなら、俺は何度でもこれを贈るよ。」
キヨ:「じゃあしんちゃん?指切りしましょ?」
信之介:「指切り?」
キヨ:「そうよ。また会いましょうって約束するの。」
信之介:「はは、子供っぽいことするんだな。」
キヨ:「約束は大切でしょう?」
0:
0:(歌えたらで構いません)
0:(普通に読むのも良いです。)
0:(読まない場合は十分な間をとって次のト書まで飛ばしてください。)
キヨ:「指切りげんまん嘘ついたら」
信之介:「針千本のーます」
キヨ:「指切った」
0:(歌終わり。)
キヨ:「はい、約束したからね?絶対よ?」
信之介:「はは、こんな歌を歌うのは久しぶりだ。」
信之介:「いつ以来だ?」
キヨ:「うーん。鬼ごっこで私にすぐに捕まってしんちゃんがわんわん泣いててー」
信之介:「(被せるように)あーあー!!喧嘩しないようにって約束したやつだよな!覚えてる。」
信之介:「お前はあの後何回も破ってたけどな」
キヨ:「あれはしんちゃんがすぐ泣くからっ。」
信之介:「お前が吹っかけてきたからだろ?」
信之介:「まあさ、今回は破るなよ」
キヨ:「ん?」
信之介:「約束。」
キヨ:「あぁ、破りやしないよ。」
信之介:「本当か?」
キヨ:「えぇ、だってこれは大人になった私たちの約束だから。」
キヨ:「今までのとは違う。」
キヨ:「特別よ。」
信之介:「はは、そうだな。」
信之介:「・・・今日はもう寝よう。」
キヨ:「最期の夜なのに?」
信之介:「朝早くにうまくいくようにさ。」
キヨ:「眠れるの?」
信之介:「寝るよ。」
キヨ:「ここで?」
信之介:「今動いたら目立つだろ?」
キヨ:「そう…ね。それもそうだわ。変なこと言ってごめん。」
信之介:「はは、今に始まったことじゃないから大丈夫だよ。」
キヨ:「そ、そんなことは・・・!」
信之介:「あーはいはい。明かり消すぞ。おやすみ。」
キヨ:「おやすみなさい。」
0:
キヨ:(M)明かりを消して目を瞑っても
キヨ:(M)そこに確かにしんちゃんはいる。
キヨ:(M)呼吸も温もりも何もかもが思い出させる。
キヨ:
キヨ:
キヨ:
キヨ:(M)彼と私の最期が一緒でいいのか。
キヨ:(M)だって、ずっとずっと私の方が汚い。
キヨ:(M)彼には・・・明るい未来が本当にないのだろうか。
キヨ:
キヨ:
キヨ:
キヨ:(M)彼の方から感じる微かな存在感が、妙に寂しく、もどかしい。
キヨ:(M)抗うように身体を動かすと、先程の簪に指が触れた。
キヨ:
キヨ:(M)しんちゃんは、きっと2度と私に触れない。
キヨ:
キヨ:(M)もう美しくはあれない私だけど…、
キヨ:(M)私だからこそ、この瞬間に全てをかける。
0:
キヨ:(呻き声)
信之介:「(声に起きる)…ん、、、。」
キヨ:(息を飲む)
信之介:「ん…??どうかしたか?」
キヨ:「(苦しみながら)何でも、ないわ。」
信之介:「そんな声出して、なんでもない訳ないだろ。」
信之介:「明かりつけるぞ!!」
キヨ:「まって!つけないで!!」
信之介:「火をもらってくるからちょっと待ってろ」
キヨ:「いい!いいから!!」
信之介:「だめだ。すぐ戻るから。」
0:間
信之介:「よいしょ、これで見えるかな…。」
信之介:「おまっ!!何やってんだ!!?」
キヨ:「ふふふ、さっきくれた菊の簪よ。」
キヨ:「私にピッタリの簪。」
信之介:「そういうことを聴いてるんじゃない!」
キヨ:「鉄で助かった。」
キヨ:「しっかり奥まで刺さってくれた。」
信之介:「あぁ…。医者!医者を!」
キヨ:「いいのよ…。もう手遅れだわ…。」
キヨ:「それに…私みたいな安女郎(やすじょろう)看てくれる医者なんて居やぁない。」
信之介:「(絶望したように)あぁ…。あぁ…!!!」
キヨ:「ねぇねぇ見て見て!しんちゃんがくれたの。こんなに深く私に入り込んで…。」
信之介:「抜くなよ!抜いたら沢山血が出て!!」
キヨ:「抜かないわ…。勿体ないもの。」
キヨ:「私みたいな菊。菊みたいな私。ふふふ。」
キヨ:「ゆっくりふたつ一緒になっていくのよ。」
信之介:「やめろ!やめてくれ!!」
キヨ:「しんちゃん。私に簪をくれてありがとう。」
信之介:「そんなことのために俺は簪を渡したわけじゃない!」
キヨ:「(うわ言のように)椿はね…落ちてしまう。梅は零(こぼ)れて、桜は散っていく。牡丹も朝顔も……崩れて…、萎んで…。」
信之介:「は…??何を、言って、いるんだ?」
キヨ:「それでも…それでも、菊は最期に舞うのよ…。」
信之介:「あぁ………。あぁ…!そうだ。そう、だな…。」
キヨ:「しんちゃん?」
信之介:「どうした?」
キヨ:「寒い…。寒いわ。」
信之介:「しっかりしろ!おいっ!!!」
信之介:「どうしてだよ。もう一晩で俺たちは…!!」
キヨ:「…しんちゃん??」
信之介:「…なんだ?」
キヨ:「わたし…きれい…??」
信之介:「あぁ……。綺麗だ…。とっても、綺麗だよ…。」
キヨ:「そう………。…よかっ…た……。(息絶える)」
0:
信之介:(M)彼女の痛みと寂しさに気が付かなかった。
信之介:(M)その怒りと恥ずかしさで、体があつく火照っていく。
信之介:
信之介:
信之介:(M)二人いつまでも一緒。そんな子供みたいなことを最後まで無邪気に信じていた。
信之介:
信之介:(M)互いに冷たくなるまで抱きしめ合うつもりで。
信之介:
信之介:
信之介:(M)思い出したように擁(いだ)いたその身体はもう、
信之介:(M)冷たく、硬く、なっていた。
信之介:
信之介:
信之介:(M)真っ赤に染まった隠逸(いんいつ)の花を一本、その身体に遺して。
0:
0:終
0:登場人物
キヨ:幼い頃に村が襲われて、孤児となる。色んなところを転々として今は料理屋で中居として働いている。
信之介:(しんのすけ)キヨの幼なじみで、同じく孤児。商人の旦那に拾われて手伝って過ごしていた。成人後に手代(てだい)へと昇進した。
0:
0:
0:ここより本編
キヨ:(M)目を瞑れば、何も見えない。
キヨ:(M)それだけが私の救い。
キヨ:(M)今日も私は目を瞑る。
キヨ:(M)音も匂いも味も、肌に触れるものも、
キヨ:(M)分からなければ無いのと同じ。
キヨ:
キヨ:(M)落ちて、零(こぼ)れて、散って、崩れて、
キヨ:(M)萎(しぼ)んでいったとしても、それでもいつか、
キヨ:(M)何処かで舞えると、
キヨ:(M)それだけを信じて。
0:
0:
0:間
信之介:「キヨ!!?キヨじゃないか?」
キヨ:「え…?」
信之介:「俺だよ。隣の家だった信之介。」
キヨ:「あぁ…。」
信之介:「こんな所で会うこともあるんだなぁ。」
キヨ:「…そう、ね…。」
信之介:「おいおい、昔の威勢はどうしたんだ。」
信之介:「鬼のキヨも、今じゃぁべっぴんさんってか?」
キヨ:「ふふふ。辞めてよ、しーんちゃんっ。」
信之介:「そうだそうだ、俺はしんちゃん!」
キヨ:「何言ってんのよ。」
信之介:「昔の馴染(なじ)みに会えるなんて思っていなかったからな。嬉しくて、つい。」
キヨ:「私もなんだか懐かしい気持ちだわ。」
キヨ:「…しんちゃんはここお店の手代(てだい)か何か?」
信之介:「おう。いい旦那に拾われてな。」
信之介:「キヨは…、どうしたってこんな所に居るんだ。」
キヨ:「(少し早口で)…えっと…私はちょっと町から外れた料理屋さんで中居をしてるの。」
キヨ:「村が襲われたじゃない?あの後色んな所を転々としてて…」
信之介:「あー、あん時は、俺たちもはぐれちまったもんなぁ。」
信之介:「おばさんとおじさんには会えたのか?」
キヨ:「いいや。もう、諦めてる。」
信之介:「そうか…。」
キヨ:「しんちゃんの所は?」
信之介:「俺のところも、もう…。」
信之介:「だからさ、ほんとに田舎の人と話すのなんてあの時以来なんだ。」
キヨ:「わたしもよ。」
信之介:「2人とも慣れない言葉で話しちまって、変な感じだな。」
キヨ:「ほんとにね。」
信之介:「そうだ!今日は何をお求めで?」
キヨ:「ふふ、本当に手代さんなのね。」
信之介:「あったりめぇだ。ほら、昔のよしみで安くするぞ?」
キヨ:「そんなことして、怒られない?」
信之介:「大丈夫だ。ちょっとくらい。これでも繁盛してんだ。」
キヨ:「ふふふ。すごいのね。」
キヨ:「ねぇそれじゃあ、簪(かんざし)を見たい。安くて品がいいって噂を聞いて来たのよ。」
信之介:「任せてくれよ。こっちだ。…どれがいい?」
キヨ:「わぁ…。やっぱり素敵ね。」
キヨ:「というか安くない!?大丈夫なのこれ?」
信之介:「腕を磨きたくて数をこなす見習いの品なんだよ。」
信之介:「それでも良いもんはゴマンとあるからな。」
キヨ:「なるほどねぇ。」
信之介:「俺だって、仕入れに出たりしてるんだぜ。」
キヨ:「ホント?」
信之介:「なんだ。信用がねぇなぁ。」
キヨ:「だってこんな趣味のいいものばっかり。」
信之介:「疑ってんのか?」
キヨ:「いいや、そういうことじゃないわ。」
信之介:「は?何が言いたいんだ?」
キヨ:「素敵な人たちに出会えたんだなと思って。」
信之介:「あぁ、メチャクチャ鍛えられたんだぜ?」
キヨ:「ふふふ、そうねぇ。」
信之介:「例えばな、あれあるだろ。あの螺鈿細工(らでんざいく)のやつ。」
キヨ:「螺鈿…??キラキラしてるやつよね。よく見る。」
信之介:「あれはな、貝殻の裏側のキラキラしたやつをはめ込んで作られてんだ。」
キヨ:「ホンモノの!!?」
信之介:「あぁ、そうさ。俺たちの故郷の貝がよく使われたりするんだぜ。」
キヨ:「…ほんとに勉強してたのねぇ。」
信之介:「そうだろ?割と頑張ったんだ。」
キヨ:「うーんと、…ねぇねぇ、この椿のなんて素敵じゃない?」
信之介:「この貝のは?」
キヨ:「うーん。ちょっと手が出ないかなー。私には高すぎるや。それに…。」
信之介:「(被せるように)あーまぁ、確かにもうちょっと上の人が使う柄だしなぁ。」
キヨ:「えー、私にはその柄が似合うって言いたかったの?」
信之介:「あーあーー!!違うってば!」
キヨ:「ほんとにぃ??」
信之介:「ほんとほんと!!!」
信之介:「さっきから信用ないなぁ。」
キヨ:「だって、あのしんちゃんよ?」
信之介:「俺だって大人になったの!!」
信之介:「てか、キヨが持ってるその椿のやつ。まだ先の季節じゃないか?菊とかの方がいいんでないか?冬まで使えるぞ?」
キヨ:「あぁ。いいのよ。これを使うためなら頑張れそう。」
キヨ:「それに…、私にはこれがピッタリ。」
信之介:「おー、そーなのか?まぁ、キヨがそれでいいならそれでいこう!」
キヨ:「ふふ、ありがとう。」
信之介:「それにな、それもだぞ!!」
キヨ:「え?」
信之介:「俺が仕入れたやつ!」
キヨ:「そうなの?なんか不本意。」
信之介:「なんでだよ笑。」
キヨ:「何となく。」
信之介:「もー、そーいうところが、キヨだよなぁ。」
キヨ:「そっちこそどういうことよ!」
信之介:「なーんでもない。」
キヨ:「うーーー。とりあえず、これ頂戴!!」
信之介:「んーじゃあ半額のこんくらいでどうだい。」
キヨ:「いいの???」
信之介:「あぁ、その代わりまた来てくれよ。」
キヨ:「…新しいのが、欲しく、なったらね。」
信之介:「いつでも待ってるからな!」
キヨ:「ありがと。」
0:
信之介:(M)久々に見たキヨは少し細く青白くて、
信之介:(M)それがなんだか妙に艶(なまめ)かしくて…。
信之介:(M)大人になっていたから、
信之介:(M)真っ直ぐには見られなかった。
信之介:
信之介:(M)自分はもう過去の人間。
信之介:(M)そう思わされてばかりだ。
0:
0:
0:間
信之介:「キヨ!!久しぶりだなぁ」
キヨ:「しんちゃん…。」
信之介:「美人さんがまた来てくれて嬉しいなぁ。」
キヨ:「どの客にも言ってるのが丸わかりよ。見境なし。」
信之介:「失礼な!話術と言ってくれっ!」
キヨ:「そんな単純なものには騙されませんー。」
信之介:「ちぇ。みんな喜んで買ってってくれるのになぁー。」
キヨ:「しんちゃんに、私の目は誤魔化せない!」
信之介:「参った参った。」
信之介:「でも、なんか探してるんだろ?」
キヨ:「そうなの!中々合うものが無くって。」
信之介:「何が?」
キヨ:「櫛と紅。前のが駄目になってて。」
信之介:「あーそいつらは消耗品だからなぁ。」
キヨ:「割とすぐ無くなってしまうのよねぇ。」
信之介:「いいでないか?お洒落を楽しんでる証拠だ。」
キヨ:「そうだといいんだけどね。」
信之介:「とりあえず、希望とかあるか?」
キヨ:「うーん。あの簪を買った私の手が出るやつ。」
信之介:「はは。こいつらはピンからキリまであるからな。そりゃ間違いねぇ。」
キヨ:「なんかごめんね。」
信之介:「いいんだいいんだ。それならこの辺だな。」
キヨ:「とりあえず櫛かなぁ…。」
信之介:「欲しいのは飾り?」
キヨ:「ええ、この前使った時に一本折れてしまって。」
キヨ:「しかもほぼ使ったことなかったのよ。」
信之介:「うわ、悲しいやつだな。」
キヨ:「そうよ、何となく縁起も悪い気がするし…。」
信之介:「新しいの買って忘れちまいな。ほらほら、どれがいい?」
キヨ:「うーん。多いわね…。」
信之介:「キヨが好きなのはこれとかあれかな。」
キヨ:「その二つで悩んでるの。よくわかるわね。」
信之介:「鬼のキヨが実はこういう花柄に昔からひっそり憧れてたの、隣のしんちゃんは知ってたりして?」
キヨ:「あーもう、そんな呼び方しないでよ!」
信之介:「いやー、あんときのキヨは怖かった。」
信之介:「鬼ごっこででんをついた後のキヨと言ったら。」
信之介:「すごい形相で追いかけて来てたもんなぁ。」
キヨ:「でんつき返ししてなかっただけ感謝なさい??」
信之介:「あー本性表したな!怖い怖い。」
キヨ:「もう今はしないわよ。」
信之介:「はは。それもそうか。」
キヨ:「というより、私が花柄が好きなの知ってたの?」
信之介:「知ってたというより、やっぱりなって感じ?」
キヨ:「どういうこと?」
信之介:「あん時からキヨは花が好きだったろ?」
キヨ:「な、なんで知って…!」
信之介:「みんなが踏んでるようなところでも気をつけて歩いてただろ。ぴょんぴょん跳ねて。」
信之介:「あの裏の道の、綺麗にしてあったのもキヨがやってたろ?」
キヨ:「こっそり、ね。」
信之介:「気がついてたのは俺くらいだよ。」
キヨ:「なんで気がついたの!?」
キヨ:「誰も見てないのを見計らってやってはずなのになぁ。」
信之介:「さぁ、なんでだろうな。」
信之介:「さ、選んだ選んだ。これは…どっちも梅柄かぁ。」
キヨ:「やっぱりこれは派手かしら…。」
信之介:「うーん。俺はいいと思うぞ。」
信之介:「最近はこんくらいのが流行りで。ほら、そこ歩いてる子のも大きな柄物だろ?」
キヨ:「私でも大丈夫かな。」
信之介:「キヨなら何でもいけるさ。」
キヨ:「ふふ、ほんとに上手。」
信之介:「これは本音だよ。」
キヨ:「はいはい。」
信之介:「心は決まった?」
キヨ:「うん、こっちにする。」
信之介:「お、ちょっと勇気だしてみる?」
キヨ:「今までと雰囲気も大分違うし、いいかなって。」
信之介:「絶対似合うよ。保証する。」
キヨ:「さすが。お店のお人は言うことが違うわ。」
信之介:「辞めろよ照れるだろ。」
キヨ:「(笑い声)」
キヨ:「あ、ねぇねぇ!この貝殻に入った紅は?」
信之介:「さっすがキヨサンお目が高い!」
キヨ:「それも話術…?」
信之介:「いやいや、これはホントに凄い変わった品でな?」
信之介:「中に桜が練り込まれてるんだ。」
キヨ:「桜ってあの桜?」
信之介:「そうだよ。なんかいい感じだろ?」
キヨ:「確かに素敵ね。」
信之介:「(声を潜めて)それにな、ここだけの話なんだけど…。」
キヨ:「え、なに?」
信之介:「接吻をした時なんかに微かに薫るのがまた、たまらないらしい。」
キヨ:「あーもうっ!」
キヨ:「買うのが恥ずかしくなっちゃうじゃないっ。」
信之介:「気に入ったの?」
キヨ:「それは…。うん。」
信之介:「じゃあ、これは俺からの奢りだ。」
キヨ:「いいよ、それは。」
信之介:「いいだろ?俺が奢りたい。」
キヨ:「ん、じゃあ甘えようかな。」
信之介:「俺からの贈りもんだ。大切にしろよ。」
キヨ:「…うん。ありがと。」
信之介:「なぁ、キヨ。この後時間ないか?」
キヨ:「ん?どうして?」
信之介:「久々に会えたんだ。前は誘い損ねたけど、話したい。」
キヨ:「うーん。しんちゃんの店番は?」
信之介:「少しくらい融通が効くさ。だから、な?」
キヨ:「この後は私が仕事よ。長く店を開けると怒られちゃう。」
信之介:「そう、なのか。」
信之介:「いつなら会える?」
キヨ:「しばらくは無理かな。」
信之介:「そんなに厳しいところなのか?」
キヨ:「別にいいでしょっ。ほっといて。」
信之介:「何も言わないよ。お互いにいい大人だ。でも、身体には気をつけるんだぞ。」
キヨ:「…何それ?分かって言ってるの…?」
信之介:「え?」
キヨ:「いや、何も無い。忘れて。」
信之介:「どうした?大丈夫なのか?」
キヨ:「どうせ、しんちゃんには分からないわよ。だってこんなに純粋で綺麗なものを売ってるんだもの。」
信之介:「キヨだって立派に働いてるんじゃないのか?」
キヨ:「世間知らずもいい加減にしなさいよ。」
キヨ:「もう、気づいてるんでしょ?」
信之介:「…なに、が?」
キヨ:「この辺の料理屋がどういうところかくらい聴いてるでしょうに。増してや商人なんて顔も広いでしょ?」
信之介:「それ、は…。」
キヨ:「しんちゃんの思う通りよ。名前ばかりの料理屋で遊郭の真似事をしてるの。まぁ、真似事だし、碌に稼げやしないけど。」
キヨ:「あぁ、私もちゃんと初めに言っとけば良かったわね。もうあの時のキヨじゃないのって。ごめんね、悪いことしたわ。」
信之介:「キヨっ。」
キヨ:「もう私はキヨじゃないわ。メイって言うのよ。」
信之介:「キヨ…。」
キヨ:「お願いだから、その名前で呼ばないで。もう違うから。」
キヨ:「…急にこんな話してごめんね。忘れて。もう帰るわ。」
信之介:「俺にとってキヨはキヨだよ。」
キヨ:「しつこいわね。もう、会わない方がいいわ。会いたくないの。」
信之介:「待ってくれ、話がしたい。」
キヨ:「それなら・・・!」
キヨ:「それなら、融通の効くそのお金と時間を使ってお店に来れば?」
キヨ:「(丁寧に)精一杯おもてなし致しますよ。」
信之介:「…分かった。絶対に会いに行くからな。待ってろよ。」
0:
0:
0:
キヨ:(M)目を開けろ目を開けろと執拗(しつよう)な声がする。
キヨ:(M)それでも私は、必死に目を瞑る。
キヨ:(M)だってもう、天井の色味も紋様も全部覚えた。
キヨ:
キヨ:(M)これ以上何も見たくない。
キヨ:(M)これ以上、堕ちた自分を知りたくはない。
キヨ:
キヨ:(M)それに、どれだけ大きく目を見張ったとしても、
キヨ:(M)零れ落ちる涙など、とうの昔に枯れ果てているから。
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0:
0:間
信之介:「キヨを出してくれ。」
0:
信之介:「昔の馴染みなんだ。始めてきたところで申し訳ないけど。」
0:
信之介:「え、居ない?」
信之介:「あぁ、…メイだ。メイを。」
0:
信之介:「…分かった。部屋に居とけばいいんだな。」
0:
キヨ:「失礼致します。」
信之介:「キヨ…。」
キヨ:「せめて此処ではメイって呼んで。」
信之介:「あぁ…、済まない。」
キヨ:「ほんとに来たのね。呆れた。」
キヨ:「それとも、こういう所には慣れてるのかしら。」
信之介:「初めてだよ。緊張してる。」
キヨ:「あらそう。ふふ、今日は何をしたいのかしらぁ。」
信之介:「何もしない。お願いだから身体を大切にしてくれ。」
キヨ:「大切にするものなんて何もないわ。」
信之介:「頼むよ。一緒に近所に嫁いだ綺麗な花嫁さんをみて、あぁなりたいって言ってたじゃないか。」
キヨ:「ホントに無神経ね。もうとっくにそんな気持ち散り散りになって消え去ってるっていうのに。」
キヨ:「しかもさっきから何?見て見ぬふりしてたくせに何を言ってるの?」
信之介:「それは!信じたくなかったんだっ。」
キヨ:「なんでも一緒でしょ。」
キヨ:「私はしんちゃんの求めるキヨじゃなかった。それだけよ。」
信之介:「なぁ、戻ることは出来ないのか。」
信之介:「金ならある!あるだけ持ってきた。」
キヨ:「ほんとに何も知らないのね。」
信之介:「え?」
キヨ:「私は借金がある訳でもお金に困ってる訳でも、憐れんで欲しい訳でもないわ。」
信之介:「どういう…?」
キヨ:「どうせ、こんな所で働いてるのは、そんな人たちだと思ってるんでしょ?」
信之介:「ちがう…のか…?」
キヨ:「さぁね。でもそれは、私には必要ないわ。持って帰って。」
信之介:「これは俺には必要ないもんだ。受け取ってくれ。」
キヨ:「とりあえず、そんなもの要らないから!帰って!」
信之介:「受け取るまで帰らない。」
キヨ:「じゃあ私が部屋から出るわ。もう金輪際私も前に出てこないでっ!」
信之介:「キヨっっ!!」
キヨ:(M)ご丁寧に、綺麗な牡丹の風呂敷に包まれたそれは、
キヨ:(M)私が知るのとは違ってずっと綺麗な代物で、
キヨ:(M)触れてはいけないものだった。
信之介:(M)かける言葉など最初からなかった。
信之介:(M)キヨはやはり自分の知らない世界にいる。
信之介:(M)続けて接客しているのだろう。
信之介:(M)崩れて肩にかかるその着物をどうにもできない自分が無性にむなしくて、
信之介:(M)行き場のない手をキヨの去る方に向けて泳がせた。
0:
0:
キヨ:「あら、いらっしゃい。」
キヨ:「お連れの方は初めましてかしら。」
キヨ:「では、私と一緒にお部屋に行きましょ。」
キヨ:「旦那はいつも来てるじゃないですか。」
キヨ:「今日はこの方と一緒がいいのっ。」
キヨ:
キヨ:「ここは一応いいお酒揃えてるんですよ。」
キヨ:「何がいいです?」
キヨ:「え、それはちょっと。もっと仲良くなってからですよ。」
キヨ:「きゃっ!えっ、あっ…っ!!!」
0:
0:
0:
信之介:「…えぇ、確かにうちの店でございますが…、岡っ引き(おかっぴき)さんがなんの御用で。」
信之介:「おぉ、そちらご奉行さんでいらっしゃいましたか。いつも良くして頂いて…。」
信之介:
信之介:「あぁ、確かに彼女は、うちに居ましたで。随分と前に何処かへ嫁に出たと聞いておりますが…。」
信之介:「なんでも、自分と同じように一人で居るところを旦那に拾って貰ったみたいで。自分よりちょっと前から奉公っつー扱いで置いてもらってたもんで、自分にもこのお家での掟や決まりなんかを色々教えてくれたのも彼女でございますから、間違いありません。」
信之介:「今は…?何をしておるのだか分かりませんが。」
信之介
信之介:「え…。死んだ…???」
信之介:「うちの旦那が…!!?そんなはずは!」
信之介:「冗談だと言ってください。たのみます!」
0:
0:
キヨ:「だんなさまぁ、本日はいかがお過ごしで?」
キヨ:「…えっ。いやですねぇ、ほんとうにご冗談がお上手で。」
キヨ:「いや、うちのお客は他にもいらっしゃいますから。」
キヨ:「確かにお金は頂いてますが…。」
キヨ:「うちの女将が…?わかりました。とりあえずお部屋に向かいましょ。」
0:
0:
0:数日後(間)
信之介:「(憔悴しきった様子)『メイ』を部屋に上げて貰えないだろうか?」
0:
キヨ:「失礼いたします。」
信之介:「あぁ。来たよ。」
キヨ:「本日はどのようにお過ごしで?」
信之介:「お前と話をしに来た。」
キヨ:「(ため息)この前も言ったでしょ。今更しんちゃんと話すことなんてない!」
信之介:「今日の俺は客だ。」
キヨ:「こんなところまで来て何のつもり!?」
信之介:「そうは言わず聞いてくれないか。」
信之介:「お前の言う『こんなところ』まで来てでも誰かに話さないと、何ひとつ自分ひとりで抱えては居られない哀れな男の独り言だ。」
キヨ:「もう勝手にして。」
信之介:「俺はさ、村が燃えちまったあの日からずっと物乞いして生きてきたんだ。何人かの仲間と市場の端に座ってな。」
信之介:「見向きもされないさ。小銭どころか石をぶつけられて生きてきた。」
信之介:「隣で笠を売りに来てる爺さんと客が話すんだ。将軍さまが変わって平和が訪れたーだの、暮らしも随分楽になったーだの。」
信之介:「俺たちはこんなに苦しいのに。誰も見てやしないんだ。」
キヨ:「そんな暮らしの時もあったのね…。」
信之介:「そんな時に会ったのがうちの旦那でさ…。あぁ、こん時に気がつくべきだったんだ…。」
信之介:「お前は賢そうだから来いってさ。俺だけだ。俺だけ拾って貰ったんだ。」
信之介:「良いもん食わせてもらって、良いもん着せて貰って、勉強までさせてもらって。あぁ、やっと苦しみを分かって貰えたんだってずっとそう思って生きてきた…。」
信之介:「苦しみがわかる人は苦しんでる人を利用出来る人間だなんて気がつかなかったんだ。」
信之介:「女たちを…、良くない方法で売ってたらしい。相手も見極めずに銭だけ勘定して。」
信之介:「大人になってから俺が初めて心を開いた人は使い古されて死んでったと…。」
キヨ:「どうってことない。よくある話ね…。」
信之介:「そうなんだな。」
キヨ:「私たちの中では、ね。」
信之介:「まじめに働いてたんもなんだか馬鹿らしくなっちまって。」
信之介:「取ってきちまった。」
キヨ:「え?」
信之介:「うちの奥で扱ってた反物(たんもの)だ。上等な朝顔文(あさがおもん)だ。」
キヨ:「なんてことを・・・!」
信之介:「もうあの店は奉行所にひっくり返されちまって何が何だか分かんねぇんだ。」
キヨ:「でも・・・。」
信之介:「そうだなぁ、戻れることはないかな。」
信之介:「受けっとてくれやしないか?」
キヨ:「どうして。」
信之介:「俺の覚悟だ。もう同じところには帰らない。」
キヨ:「わかった。預かっておく。」
信之介:「なぁ?俺はこれから何を信じればいいんだろうな。」
キヨ:「・・・なにも。」
信之介:「え?」
キヨ:「なにも信じなければいいのよ。」
信之介:「・・・?」
キヨ:「自分だけ信じて。全部自分が操るの。」
キヨ:「ずっとそう思っていたわ。」
キヨ:「だって、信じても何もいいことなんて起こりやしない。彷徨う私は利用されるだけだわ。」
キヨ:「だから、、、。だから!逆に使ってやったのよ。」
キヨ:「金づるとして良いようにねっ。」
キヨ:「私の食べるものだって、あんたから買ったもんだって私のモノは全部!全部ぜーんぶあいつらから出来てるのよ。」
キヨ:「搾取されるだけの女じゃないっ。全部自分で望んでやってるのよ。」
信之介:「やっぱり強いな、キヨは。」
キヨ:「でも…、でも、しんちゃんがっ」
信之介:「は?」
キヨ:「ねぇなんで?なんで会っちゃったんだろうね。」
キヨ:「会わなければ、ずっとそう思っていられたのに。」
キヨ:「ねぇ、私、気がついちゃった。結局力には勝てないのよ。使われてたのは私の方。」
信之介:「それは…。」
キヨ:「あぁ、気は遣わなくていいわ。事実だもの。」
キヨ:「馬鹿よね。あんだけ啖呵切っておいて、後で気がつくだなんて。」
キヨ:「1回しんちゃんが、昔の私を知ってる人が、お客さんとして来て、その後はもう駄目だった。」
キヨ:「今まで自分を保ってた気持ちも何もかも萎んでしまって、今までどうしてたのかすらも分からないのよ。」
キヨ:「しんちゃん。私たち、どうすればいいんだろうね。」
0:気まずい間
信之介:「なぁ?」
キヨ:「なに?」
信之介:「もう俺たち、死んでしまおうか。」
キヨ:「え?」
信之介:「だってもう、十分頑張っただろ。」
信之介:「火から逃れて、親を亡くして。それでもここまで生きてきたんだ。」
信之介:「働いて働いて。お互いに体も心ももう滅茶苦茶じゃないか。」
信之介:「もう、楽になりたいよ・・・。」
キヨ:「いいの?」
信之介:「ん?」
キヨ:「私、もう楽になっても、いいのかなぁ。私でも、らくになれるのかなぁ。」
キヨ:「向こうにいた頃だって今だって。幸せを感じていても、それは見せかけばかりで、崩れ落ちていく。そんなことにはもう、疲れたのよ。」
信之介:「キヨはもう頑張ったよ。俺も。だからさ、もう、辞めよう。」
信之介:「苦しむのは終わりにしよう。」
キヨ:「うん・・・。うん!!!」
信之介:「なぁ、どうすればいいのかな?」
キヨ:「成功したいわ。騒ぎになっては駄目。」
信之介:「夜のうちか?」
キヨ:「ふふ、ここがどこだと思っているの。夜は駄目。」
キヨ:「夜が明けて、皆が眠りこけてるころにしましょう。」
信之介:「分かった。」
キヨ:「…ねぇ、しんちゃん?」
信之介:「なんだ?」
キヨ:「お浄土(じょうど)ってどんなところかしらねぇ?」
信之介:「きっと素晴らしいところだ。」
キヨ:「ねぇ、私たちあっちでも逢えるかな。」
信之介:「きっと逢えるよ。」
キヨ:「ほんとうに?」
信之介:「いつもいつも、疑ってばかりいるな。」
キヨ:「だって、何も信じられないもの。」
キヨ:「しんちゃんも分かってるでしょ?信じて傷つくくらいなら、信じない方がマシなのよ!」
信之介:「…なぁ、これをやっぱり受け取ってくれないか?」
キヨ:「え?これは?」
信之介:「菊の簪。」
キヨ:「こういうのは迷惑だって言ったのに!」
信之介:「分かってる。でもこれだけ。」
キヨ:「今までのも全部酷いことしたのに。どうしてっ。」
信之介:「菊はな、別名、隠逸(いんいつ)の花って言うんだ。」
キヨ:「いんいつ?」
信之介:「あぁ、そうだよ。どんな暗闇の中に隠しても、清らかな匂いでそこにあることが分かる。そんな花だ。」
信之介:「だから、その簪を離さないでくれ。」
信之介:「そうしたら俺は、必ず見つけ出す。」
キヨ:「付けていればいいの?」
信之介:「あぁそうだ。」
キヨ:「見つけて、くれるのね…?」
信之介:「あぁ、約束しよう。絶対にだ。」
信之介:「信じてくれ。」
キヨ:「ふふ、分かった。信じる。」
信之介:「今、試しにつけてみろよ。」
キヨ:「うーんと、こう?」
信之介:「あぁ、やっぱりよく似合う。」
信之介:「その白い肌には桃色が一番いいと思ったんだ。」
キヨ:「ありがとう。『その時』には絶対に外さない。」
信之介:「こちらこそ付けてくれてありがとう。本当はずっと、渡したかった。」
キヨ:「え?」
信之介:「たとえまた、別れてしまったとしても、」
信之介:「いつでも会えますようにって。」
信之介:「遠くに行きませんようにって。」
キヨ:「そう、だったの…。」
信之介:「でももう、渡しちゃいけないんだなって、そう思って避けてた。」
信之介:「縛りつけちゃいけねぇって。」
キヨ:「しんちゃん・・・。」
信之介:「それでも、もう一度会うことを願ってくれるなら、俺は何度でもこれを贈るよ。」
キヨ:「じゃあしんちゃん?指切りしましょ?」
信之介:「指切り?」
キヨ:「そうよ。また会いましょうって約束するの。」
信之介:「はは、子供っぽいことするんだな。」
キヨ:「約束は大切でしょう?」
0:
0:(歌えたらで構いません)
0:(普通に読むのも良いです。)
0:(読まない場合は十分な間をとって次のト書まで飛ばしてください。)
キヨ:「指切りげんまん嘘ついたら」
信之介:「針千本のーます」
キヨ:「指切った」
0:(歌終わり。)
キヨ:「はい、約束したからね?絶対よ?」
信之介:「はは、こんな歌を歌うのは久しぶりだ。」
信之介:「いつ以来だ?」
キヨ:「うーん。鬼ごっこで私にすぐに捕まってしんちゃんがわんわん泣いててー」
信之介:「(被せるように)あーあー!!喧嘩しないようにって約束したやつだよな!覚えてる。」
信之介:「お前はあの後何回も破ってたけどな」
キヨ:「あれはしんちゃんがすぐ泣くからっ。」
信之介:「お前が吹っかけてきたからだろ?」
信之介:「まあさ、今回は破るなよ」
キヨ:「ん?」
信之介:「約束。」
キヨ:「あぁ、破りやしないよ。」
信之介:「本当か?」
キヨ:「えぇ、だってこれは大人になった私たちの約束だから。」
キヨ:「今までのとは違う。」
キヨ:「特別よ。」
信之介:「はは、そうだな。」
信之介:「・・・今日はもう寝よう。」
キヨ:「最期の夜なのに?」
信之介:「朝早くにうまくいくようにさ。」
キヨ:「眠れるの?」
信之介:「寝るよ。」
キヨ:「ここで?」
信之介:「今動いたら目立つだろ?」
キヨ:「そう…ね。それもそうだわ。変なこと言ってごめん。」
信之介:「はは、今に始まったことじゃないから大丈夫だよ。」
キヨ:「そ、そんなことは・・・!」
信之介:「あーはいはい。明かり消すぞ。おやすみ。」
キヨ:「おやすみなさい。」
0:
キヨ:(M)明かりを消して目を瞑っても
キヨ:(M)そこに確かにしんちゃんはいる。
キヨ:(M)呼吸も温もりも何もかもが思い出させる。
キヨ:
キヨ:
キヨ:
キヨ:(M)彼と私の最期が一緒でいいのか。
キヨ:(M)だって、ずっとずっと私の方が汚い。
キヨ:(M)彼には・・・明るい未来が本当にないのだろうか。
キヨ:
キヨ:
キヨ:
キヨ:(M)彼の方から感じる微かな存在感が、妙に寂しく、もどかしい。
キヨ:(M)抗うように身体を動かすと、先程の簪に指が触れた。
キヨ:
キヨ:(M)しんちゃんは、きっと2度と私に触れない。
キヨ:
キヨ:(M)もう美しくはあれない私だけど…、
キヨ:(M)私だからこそ、この瞬間に全てをかける。
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キヨ:(呻き声)
信之介:「(声に起きる)…ん、、、。」
キヨ:(息を飲む)
信之介:「ん…??どうかしたか?」
キヨ:「(苦しみながら)何でも、ないわ。」
信之介:「そんな声出して、なんでもない訳ないだろ。」
信之介:「明かりつけるぞ!!」
キヨ:「まって!つけないで!!」
信之介:「火をもらってくるからちょっと待ってろ」
キヨ:「いい!いいから!!」
信之介:「だめだ。すぐ戻るから。」
0:間
信之介:「よいしょ、これで見えるかな…。」
信之介:「おまっ!!何やってんだ!!?」
キヨ:「ふふふ、さっきくれた菊の簪よ。」
キヨ:「私にピッタリの簪。」
信之介:「そういうことを聴いてるんじゃない!」
キヨ:「鉄で助かった。」
キヨ:「しっかり奥まで刺さってくれた。」
信之介:「あぁ…。医者!医者を!」
キヨ:「いいのよ…。もう手遅れだわ…。」
キヨ:「それに…私みたいな安女郎(やすじょろう)看てくれる医者なんて居やぁない。」
信之介:「(絶望したように)あぁ…。あぁ…!!!」
キヨ:「ねぇねぇ見て見て!しんちゃんがくれたの。こんなに深く私に入り込んで…。」
信之介:「抜くなよ!抜いたら沢山血が出て!!」
キヨ:「抜かないわ…。勿体ないもの。」
キヨ:「私みたいな菊。菊みたいな私。ふふふ。」
キヨ:「ゆっくりふたつ一緒になっていくのよ。」
信之介:「やめろ!やめてくれ!!」
キヨ:「しんちゃん。私に簪をくれてありがとう。」
信之介:「そんなことのために俺は簪を渡したわけじゃない!」
キヨ:「(うわ言のように)椿はね…落ちてしまう。梅は零(こぼ)れて、桜は散っていく。牡丹も朝顔も……崩れて…、萎んで…。」
信之介:「は…??何を、言って、いるんだ?」
キヨ:「それでも…それでも、菊は最期に舞うのよ…。」
信之介:「あぁ………。あぁ…!そうだ。そう、だな…。」
キヨ:「しんちゃん?」
信之介:「どうした?」
キヨ:「寒い…。寒いわ。」
信之介:「しっかりしろ!おいっ!!!」
信之介:「どうしてだよ。もう一晩で俺たちは…!!」
キヨ:「…しんちゃん??」
信之介:「…なんだ?」
キヨ:「わたし…きれい…??」
信之介:「あぁ……。綺麗だ…。とっても、綺麗だよ…。」
キヨ:「そう………。…よかっ…た……。(息絶える)」
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信之介:(M)彼女の痛みと寂しさに気が付かなかった。
信之介:(M)その怒りと恥ずかしさで、体があつく火照っていく。
信之介:
信之介:
信之介:(M)二人いつまでも一緒。そんな子供みたいなことを最後まで無邪気に信じていた。
信之介:
信之介:(M)互いに冷たくなるまで抱きしめ合うつもりで。
信之介:
信之介:
信之介:(M)思い出したように擁(いだ)いたその身体はもう、
信之介:(M)冷たく、硬く、なっていた。
信之介:
信之介:
信之介:(M)真っ赤に染まった隠逸(いんいつ)の花を一本、その身体に遺して。
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0:終