台本概要
66 views
タイトル | 女中二 |
---|---|
作者名 | おちり補佐官 (@called_makki) |
ジャンル | その他 |
演者人数 | 1人用台本(女1) |
時間 | 10 分 |
台本使用規定 | 非商用利用時は連絡不要 |
説明 |
どうでもいいひとりごと。
66 views |
キャラ説明
名前 | 性別 | 台詞数 | 説明 |
---|---|---|---|
女 | 女 | 9 | 中学二年生。 マスクをつけていつも過ごしている。20分の自転車通学中に、物思いにふける。 |
※役をクリックするとセリフに色が付きます。
台本本編
:
少女:マスク美人だと思わないで欲しい。おしとやかだとも思わないで欲しい。私はいけない子だから。
:
少女:私は自分の顔で、マスクがいちばん嫌い。眼鏡も。顔の印象をすべて遮ってしまうから。はげしさも、あどけなさも、読めないようにしてしまう。
少女:涙のひとつでも見れば、誰かが私が泣いていることに気づくと思って。チャレンジしてみたことだってある。かなしいことを沢山胸に浮かべて、マスクの下で唇を噛む。うんと息を詰めて、眼を見開いてみても、涙は出ない。
:
少女:私は、涙の出ない子なのだ。
:
少女:人には、泣いているのが見えない。それから、私の鼻を通る篭った、イライラした空気も、マスクに溜まるだけで誰にも伝わらない。
少女:マスクがみんな遮ってしまう。やるせなくても、へんな間の悪さを感じて胸がざわついても、急にむかむか腹立たしくなっても。思ってるだけだから、なんにもならない。
少女:美しい唇のある人になりたい。そうすれば、きっとマスクをはずせる。
少女:潤いがあって艶があって、血が健全に通っているはずなのに、そこに血を感じさせないような唇。けど、何も人に思わせない唇。
少女:寝ぼけたときに甘くよだれを垂らしていても、汚いと感じさせないような、かといって心を刺激しないような。そんな。
:
少女:私のは、他人に迷惑をかける唇。人を刺激して困らせる。本当に嫌だ。
少女:信号待ちの対向車のなかに、男がいる。三十代くらいだろうか。マスクを外して、あの対向車のなかの男に、この自転車から唇をとんがらせて微笑めば、なにかしらの事故が起きる。
少女:女の唇はいやだ。女の目もいやだ。
少女:だから、マスクは取れない。私の心は、唇は、綺麗でないから、それから顎だって、顔の嫌なところだから。いやだ。
少女:取っ払ってしまったら、いやしい女なのだとバレてしまうかもしれない。不幸を感じればすぐ顔に出すような女にはなりたくない。
少女:それに私は、マスクをせずに過ごすあの子が嫌い。
少女:あの子の高すぎる声はマスクで篭(こも)らせて少し低くすべきで、取り巻きの男たちはみんな、私の下着にリボンの小さいのが着いているのを知って、私を取り囲むべきなのだ。
少女:けど、いまのは嘘。絶対に来てほしくない。
:
少女:あぁ、やるせない。
:
少女:別の車に太ったおばさんがいる。あんなおばさんも嫌い。スチールウールみたいな髪と、大きなシミ。
少女:それ以上に、顔全体が溶けたように、たるんでいる。汚い。だからいやだ。女って、汚い。
少女:車のなかでも、ひとりでも、マスクをして過ごしてほしい。一方で私はおばさんになりたくない。まだ少女。もう中学二年生。たくさんの歳を食いたくない。
少女:「あぁ、神様。少女のままで幸せに殺してください」
少女:なんて、死ぬ気はないのに。
少女:夕飯の献立がなにかを気にしながら、願っている。また、永遠の世界も、急に人生に終末が訪れることも信じていないのに、明日を願う。
少女:いけない女。
少女:そんな女の人生はきっと半ばを過ぎた。
少女:そんな日の夕飯は
少女:「あぁ、神様、ハンバーグがいいです」
少女:ハンバーグなら、お父さんが遅く帰ってくればいいのにと思う。汚い女の食べ方をしているのを、見られたくないから。
少女:お母さんはいい。もしお母さんがその汚さに勘づいて、同じように知っていても、私より女らしく汚く食べるだろうから。優劣をつけるなら、少女の私が負けるはずがない。
少女:そんなことをいつも考える。けど、お母さんのことも、お父さんのことも大好きだ。
少女:「はい。私は知っています。私は、いけない女です」
少女:どこがいけないかも知っている。けど、いけないところも直らないのだと思う。それも、私の女らしい悪いところなのだ。
少女:マスク美人は美人ではないし、歳を食った女は総じてみすぼらしいし、私はおしとやかではない。ただ、嫌いなものが多い少女。少女には女の汚いところが少ししかない。だから、まだ生きていられる。
少女:「あぁ、神様」
少女:私の信じる神様はどこにもいない。だからなんとなく空の向こうに願ってみる。
少女:太陽はまだ夕日ではなくて。まだまだ明るくて、空は青い。けど、一人で眼鏡とマスクとヘルメットを着けて、家に帰るところ。
少女:可愛いうろこ雲から、やさしい秋の風を感じる。もっと感じたくて、ヘルメットを取っ払った。校則を取っ払った。先生はもう見ていないだろうから。
少女:それに、前を走る上級生の女だって、はずしているから。一歩、私より女に近づいた汚い少女。
少女:風が気持ちが良い、だから、マスクも外してみた。
少女:蒸れた口元に、冷たいキスを受けたように感じた。私にキスを今、できるのは風だけ。キスをいつも不潔だと思っているのだけれど、嬉しく感じた。
少女:この不潔を嬉しく思うのもまた、女に近づいているからのような気がして、胸がざわついた。
:
少女:信号の赤色が見えた。
:
少女:だから、前を走っていた上級生の、斜め後ろに停まった。
少女:彼女はマスクを着けていた。自転車の学年別に貼られるステッカーの色から、歳上だというのは分かるのに、なぜか自分の方が歳上に思えた。
少女:ヘルメットだけでなく、マスクも外して、一段と開放的に過ごす自分が大きく見える。それだけなら、気持ちがいいのだけれど、歳上のように思うのはいやだ。
少女:「あぁ、いやです」
少女:きっと、歳上の私の口元は、女のようにシワが濃くなり始めているに違いないし、顎の皮もたれてきている。それを露呈してしまっている。あの対向車のおばさんと一緒。
少女:あらやだ、少女でいたい。
少女:決めた。明日はヘルメットもマスクも外さないで帰ろう。校則はいちから守り直そう。
少女:それでも外せない眼鏡は、老化の象徴のようで、だからいやだ。歳を食いたくない、若くいたい、少女でいたい。
少女:いらいらしたから、左折する車の男に、口元だけでひっそりと、投げキッスをした。
少女:あぁ、やっぱり私は意地悪な女だ。汚い女の仲間なんだ。
:
少女:マスク美人だと思わないで欲しい。おしとやかだとも思わないで欲しい。私はいけない子だから。
:
少女:私は自分の顔で、マスクがいちばん嫌い。眼鏡も。顔の印象をすべて遮ってしまうから。はげしさも、あどけなさも、読めないようにしてしまう。
少女:涙のひとつでも見れば、誰かが私が泣いていることに気づくと思って。チャレンジしてみたことだってある。かなしいことを沢山胸に浮かべて、マスクの下で唇を噛む。うんと息を詰めて、眼を見開いてみても、涙は出ない。
:
少女:私は、涙の出ない子なのだ。
:
少女:人には、泣いているのが見えない。それから、私の鼻を通る篭った、イライラした空気も、マスクに溜まるだけで誰にも伝わらない。
少女:マスクがみんな遮ってしまう。やるせなくても、へんな間の悪さを感じて胸がざわついても、急にむかむか腹立たしくなっても。思ってるだけだから、なんにもならない。
少女:美しい唇のある人になりたい。そうすれば、きっとマスクをはずせる。
少女:潤いがあって艶があって、血が健全に通っているはずなのに、そこに血を感じさせないような唇。けど、何も人に思わせない唇。
少女:寝ぼけたときに甘くよだれを垂らしていても、汚いと感じさせないような、かといって心を刺激しないような。そんな。
:
少女:私のは、他人に迷惑をかける唇。人を刺激して困らせる。本当に嫌だ。
少女:信号待ちの対向車のなかに、男がいる。三十代くらいだろうか。マスクを外して、あの対向車のなかの男に、この自転車から唇をとんがらせて微笑めば、なにかしらの事故が起きる。
少女:女の唇はいやだ。女の目もいやだ。
少女:だから、マスクは取れない。私の心は、唇は、綺麗でないから、それから顎だって、顔の嫌なところだから。いやだ。
少女:取っ払ってしまったら、いやしい女なのだとバレてしまうかもしれない。不幸を感じればすぐ顔に出すような女にはなりたくない。
少女:それに私は、マスクをせずに過ごすあの子が嫌い。
少女:あの子の高すぎる声はマスクで篭(こも)らせて少し低くすべきで、取り巻きの男たちはみんな、私の下着にリボンの小さいのが着いているのを知って、私を取り囲むべきなのだ。
少女:けど、いまのは嘘。絶対に来てほしくない。
:
少女:あぁ、やるせない。
:
少女:別の車に太ったおばさんがいる。あんなおばさんも嫌い。スチールウールみたいな髪と、大きなシミ。
少女:それ以上に、顔全体が溶けたように、たるんでいる。汚い。だからいやだ。女って、汚い。
少女:車のなかでも、ひとりでも、マスクをして過ごしてほしい。一方で私はおばさんになりたくない。まだ少女。もう中学二年生。たくさんの歳を食いたくない。
少女:「あぁ、神様。少女のままで幸せに殺してください」
少女:なんて、死ぬ気はないのに。
少女:夕飯の献立がなにかを気にしながら、願っている。また、永遠の世界も、急に人生に終末が訪れることも信じていないのに、明日を願う。
少女:いけない女。
少女:そんな女の人生はきっと半ばを過ぎた。
少女:そんな日の夕飯は
少女:「あぁ、神様、ハンバーグがいいです」
少女:ハンバーグなら、お父さんが遅く帰ってくればいいのにと思う。汚い女の食べ方をしているのを、見られたくないから。
少女:お母さんはいい。もしお母さんがその汚さに勘づいて、同じように知っていても、私より女らしく汚く食べるだろうから。優劣をつけるなら、少女の私が負けるはずがない。
少女:そんなことをいつも考える。けど、お母さんのことも、お父さんのことも大好きだ。
少女:「はい。私は知っています。私は、いけない女です」
少女:どこがいけないかも知っている。けど、いけないところも直らないのだと思う。それも、私の女らしい悪いところなのだ。
少女:マスク美人は美人ではないし、歳を食った女は総じてみすぼらしいし、私はおしとやかではない。ただ、嫌いなものが多い少女。少女には女の汚いところが少ししかない。だから、まだ生きていられる。
少女:「あぁ、神様」
少女:私の信じる神様はどこにもいない。だからなんとなく空の向こうに願ってみる。
少女:太陽はまだ夕日ではなくて。まだまだ明るくて、空は青い。けど、一人で眼鏡とマスクとヘルメットを着けて、家に帰るところ。
少女:可愛いうろこ雲から、やさしい秋の風を感じる。もっと感じたくて、ヘルメットを取っ払った。校則を取っ払った。先生はもう見ていないだろうから。
少女:それに、前を走る上級生の女だって、はずしているから。一歩、私より女に近づいた汚い少女。
少女:風が気持ちが良い、だから、マスクも外してみた。
少女:蒸れた口元に、冷たいキスを受けたように感じた。私にキスを今、できるのは風だけ。キスをいつも不潔だと思っているのだけれど、嬉しく感じた。
少女:この不潔を嬉しく思うのもまた、女に近づいているからのような気がして、胸がざわついた。
:
少女:信号の赤色が見えた。
:
少女:だから、前を走っていた上級生の、斜め後ろに停まった。
少女:彼女はマスクを着けていた。自転車の学年別に貼られるステッカーの色から、歳上だというのは分かるのに、なぜか自分の方が歳上に思えた。
少女:ヘルメットだけでなく、マスクも外して、一段と開放的に過ごす自分が大きく見える。それだけなら、気持ちがいいのだけれど、歳上のように思うのはいやだ。
少女:「あぁ、いやです」
少女:きっと、歳上の私の口元は、女のようにシワが濃くなり始めているに違いないし、顎の皮もたれてきている。それを露呈してしまっている。あの対向車のおばさんと一緒。
少女:あらやだ、少女でいたい。
少女:決めた。明日はヘルメットもマスクも外さないで帰ろう。校則はいちから守り直そう。
少女:それでも外せない眼鏡は、老化の象徴のようで、だからいやだ。歳を食いたくない、若くいたい、少女でいたい。
少女:いらいらしたから、左折する車の男に、口元だけでひっそりと、投げキッスをした。
少女:あぁ、やっぱり私は意地悪な女だ。汚い女の仲間なんだ。